ナイフのような
エッジのある言葉を
自分に向けて書き込んでゆくのって、
好きです。
以前、
映像で見た
刀の上を素足で歩く
韓国の巫女のように。
あるいは、
舞踏の稽古で
ナイフの刃を前に向けて
空間を切るように
歩いたときのように。
トランス、
するって感じです。
でもね、
あくまでも
エッジは私に向けて、
だけどね。
だから、
誰も傷ついていないはずだし
誰も傷つける気は
私にはないのだけど。
でも、
言葉を
刀のように
使うのであれば
決して
人を傷つけないよう
常に
気をつけないとだ
とも思います。
人は
言葉の刀を
他人に
振りかざしてしまうことも
あります。
言葉自体は
人を
切りつける
ことはしないけど
言葉を発した人の持つ
心や、
考えや、
態度が
他人を
いとも簡単に
傷つける・・・
言葉が
爆弾になっちゃうことも
ある。
ミサイルや戦闘機などのように
高度なテクノロジーや労力を要して
産み出されたわけではない
言葉
という存在が
あっけなくも
空間を
世界を
突然
変えてしまう。
放たれた
言葉は
どんどん
独り歩きし
人や
社会や
世界に
色々な影響を
及ぼすことすら
ある。
言葉、
態度、
そして、
その裏にある
心・・・
私自身
気をつけたい
と思っても
ふとしたときに発した
言葉や
態度で
いとも簡単に
人を
傷つけてしまうことが
よくあります。
そしてふとした時にこそ
そこに
私のまことの心が
露になっていたことに
気づきます。
そして
一度発したものは
なかなか
取り返しがつかない・・・
でも、
それでもこうやって
言葉を
使うのは
言葉が
心から
好きだからだ
とも思います。
もっともっと
自分も
他者も
生かすことができる
美しい
言葉の花を
この世界に
咲かせられたら
そうなれたら
どんなに幸せか
と思います





