今日は書の稽古に行きました。
書は、やはり奥が深すぎます。
一本の線に、精神性を感じることができなければ、書ではない。
そうでなければ、たとえ言葉が書いてあっても、一般的なデザインと変わらない。。。
一本の線に、一つの言葉に、
どれだけ生命の息吹を注ぎ込めるか?
どれだけ生き様を深く刻み込めるのか??
四方形の白紙のなかには、
底知れない世界が広がっていて、
足を踏み入れたばかりの私の目の前には、
草ぼーぼーのジャングルが立ちはだかってるのでありました~
そして、、そのあとは公演のリハーサルをしました。
清水一登さん 、ミッチャンとのリハーサルは、互いの認識の違いを理解することから始まりました。
ミュージシャンとダンサー、色々な溝があります。
そして、理解しようにも、言葉で説明しようとしたら、言葉の使い方がまた違いました。
同じ日本語を使っても、言葉だけでは理解はしあえてなかったのでありました。
身振り手振りに演奏も混じえて、あれこれ試行錯誤して、あーそういうことだったのね!とやっと理解しあえました。
互いを理解しあおうとすると、泥沼のようになってしまうこともある。それでも誤解を乗り越えよう、相手を理解しようと必死になるパッションが必要なのね、と、身をもって理解した、本当に有意義なひとときでした。
清水さんにミッチャンに、スタッフの皆様、本当にありがとうございました~
理解しあえたときに感じたこの喜びや楽しさを、舞台で丁寧に開花させたいなと、心から思います。
本番まであと2週間かあ。。。私自身の能力に限界があるし、今の私に出来ることは限られているけど、それでも今の私なりに精一杯、頑張ろうと思います。
本当に、本当に、楽しい、楽しい、舞台にしたいです






コメント (4)
宮本晃介:
ごぶさたです。
勘違いでしたらゴメンナサイ。書というのは、書道ですか?
私も小学1年から中3まで習ってました。年に一度大きな展覧会があって、上野の近代美術館(?)に貼り出され、それを観た帰りに銀座三越で食事をするのが楽しみでした。なかなか上達しなかったのが、後悔するところです。今思えば、「はらい」と「留め」をもっと稽古しておけばよかったなぁ、と。
一緒に通っていた友人は、素質があったのか、しばしば金賞を越えた特別な賞を獲ってました。が、二人とも、教室でイタヅラをするのが楽しみで、先生に叱られてばかり。高校生になってからは、だんだん通えなくなってきましたが、時々先生のオウチにおじゃましたり。
なんか、いい思い出でした。あのオジイチャン(先生)、まだ元気なのかなぁ。
投稿者: 宮本晃介 | 2008年03月09日 01:13
佐和香:
はい書道です。
おじいちゃん、お元気だといいですね~。
投稿者: 佐和香 | 2008年03月10日 04:07
宮本晃介:
何せ20年前におじいちゃん先生だった人ですから・・・。ありがとうございます。私の心の中では、元気にしていますよ。中学生になったときに、草書(そうしょ)を習いました。これは書き順を理解していなくては、書けない書法ですね。
実は今日、会社を辞めました。1年以上も前に、精神的におかしくなって、ノイローゼになってしまいました。退職願を出したんですが、何度も「もうちょっとまってくれ」って先延ばしにされて、やっと今日、開放されました。このご時世に希望退職するとはなんて奴だ! ですよね、まったく(恥)。でも、もう耐えられなかったんです。こんな会社初めてって思うようなところで・・・。苦労するのは嫌いではないし、根気もあると自負できるのですが、とにかく、体質的にも精神的にも、合わなかったようです。
あ、ごめんなさいね。日記とは関係ない話でしたね。でもサワカさんは、踊りはずっと続けてください。
投稿者: 宮本晃介 | 2008年03月15日 00:04
佐和香:
そうでしたか…。お疲れ様でした。大変でしたね。
区切りをつけることはとても勇気のいることですね。残された側には、わがわまだ勝手だと思う人もいるかもしれないですよね。
他人や集団と生きることってある意味では自分を犠牲にすることだと思います。
犠牲にすることで、喜びを感じられる状況であれば、それは幸せに繋がるけれど、そうでなければ、人は不幸を感じるのだと思います。
新たな春に、幸せな出逢いがあることを心から祈ってます(^-^)/
書き込みどうもありがとうございました!
投稿者: 佐和香 | 2008年03月15日 11:52