ずいぶん前に自転車のベルが壊れてから、そのままです。
だから、前に人がいても、よけるか、徐行するかになります。
ベルがあった時は、ちゃりんちゃりん鳴らしてイライラして人をよけさせていたのだけど、
ベルがなくなると、自分が人をよけよう、人の歩くペースにあわせようという気持ちになってしまうのだから、
不思議です。
おばあちゃんがゆっくり目の前を歩いていると、ああこれはスピードを出してはいけないな、驚かせちゃいけないなって、ゆっくり徐行する気持ちに自然となります。
ほんとに急いでる時は『すみません!』と声をだしてよけてもらえば済むことだしね。(もし、これがはずかしいだなんて思われたとしたら、逆にそっちがおかしいんじゃないかなって私は思います。他人に声もだせないの?そんなん恥ずかしいの?めんどくさいの?ってね。)
そんなこんなで気づいたんだけど、ホントはベルなんて便利なものは、なくても良かったんじゃない?ってね。
ベルがないことで、人をよけさせるよりも自分がよけるしかなくなる、そうすることで実は他人をいたわる優しい気持ちが生まれているんじゃないかって私は実感してます。
それにしても、日本は自転車専用の道がないですね。
ベルをじゃらんじゃらん鳴らしていたときは、なんでないんだ、日本は遅れてるなあと思ったんだけどね、
でも今は、なんだかこのままでいいんじゃないかって思います。
たぶん、元々日本人てのは、人とすれ違うこと、ちょっと不便なことって、全く気にしてなかったのじゃないかな?だから、自転車専用道路を作ろうなんていう合理的効率的な考えを持ち合わせていないんじゃないかなって、最近は思うようになりました。
自転車のベルをはずす、ってのはホントは非常識なんだろうけどね、でもね、本当は、はずすことで蘇る和の心かなってて何だか最近思えてしまいます






コメント (4)
宮本晃介:
またまたお邪魔します。
専用道がないのは・・・推測ですが、土地事情にもよると思います。「狭くて」とか「財政に余裕がなくて」とか。
専用道がある地域も存在するらしいですよ。
どうやら法規上は、自転車は車道を走ることになってるようですね。
でもつい歩道を通行してしまいがち。車道を走ること自体もっと危ないですから。最近このことが交通問題の争点になっているそうです。
ベルも時として歩行者にとってはショックがありますね。柔らかい音のベルがあればいいのに。
ところで・・・自転車にも表情があるんですよ。春の野道に置いて、遠くでごらんください。自転車がチョウチョとお喋りしているように見えますよ(ほんと)。
私の自転車は籠が大きい、お買い物用婦人車です。色はパールホワイト。自転車ぐらいはオシャレしなくちゃって選びました(笑)。
投稿者: 宮本晃介 | 2008年03月18日 03:24
佐和香:
たとえ土地に余裕があっても、自転車専用道路がきちんとある地域のほうが、少ないんじゃないかな。財政難うんぬんとかよりも、単に面倒くさい、無視されてる、厄介払いされてる気もするのだけど。
自転車乗る側って肩身狭いですね。。。
私は自転車に乗ってると、時々馬に乗って駆け巡ってる気分になります~
投稿者: 佐和香 | 2008年03月18日 08:26
宮本晃介:
なるほど~。自転車って、どっちつかずの存在なんですね。利用者は多いし、事故率も高いから、専用道工事の実現・非実現に関わらず、もっと目を向けるべき事項ですね。
自転車といえば、最近はのんびりこぐから、そうではないのですが、私もよく事故起こしましたよ。やっぱり慌てているときですね。曲がり角から来る自転車とぶつかったり。
月並みですが、お大事に、お乗りください。
思い出の事故(苦笑)・・・前輪が障害物につまづき、身が前方へ飛ばされ、胸を強打・出血。
積もった雪で見えなくて、コンクリートの段差につまづき、身が前方へ飛ぶ。片足打撲。
いやぁ、お恥ずかしい・・・。長々と失礼しました。
投稿者: 宮本晃介 | 2008年03月20日 00:37
佐和香:
私も良く平坦な道を歩いていて躓いたり、自転車に乗ってて気持ちよくなっていたら木にぶつかったりします。。
なんか、危険人物かもです。。
投稿者: 佐和香 | 2008年03月20日 00:57