最近、和や調和について考えてて、日本の文化に関して引っ掛かったことがあります。
それは、『首狩り』です…
私が間違ったことを言ってなければ、いいのだけど、無知は承知で敢えて書いてみます~
私は歴史は詳しくないけど、その昔、日本で武士が台頭していた時代に、合戦で大将の首を討てば、戦は終わったことは知ってます。
首を斬るって、今の日本では、野蛮に聞こえるかもしれない。
明らかに犯罪だしね。
私も生首は見たくないです(+_+)。
でもね、大将の首を斬ることが、戦いを終わらせるルールとなっていた文化が確実に昔の日本にはあった。。。
いくさのルールは首斬りだけじゃないです。
・合戦の前にはかならず名乗りを上げた。
・谷間での奇襲はダメダメだった(ハズです)。
・身分の高い敵の首を取った者は褒美がもらえた(から兵士も、その奥さんも、敵の首を集めることは喜ばしいことだった)
・身に付けた鎧や兜といったら、めちゃくちゃ重かった。
などなど、たくさんルールやら制約があったんだと思います☆
歴史資料館やらテレビやらで目にしたことがある、でっかい海老だのしゃちほこみたいなのが頭に乗っかった兜を思えば、明らかに、殺傷ごととしては非効率ないでたちですよね…。馬だってサラブレッドじゃないし。
その上、合戦の前だって、出陣前の武将たちが茶道や華道、能をたしなむ、まさに日本の伝統だと誇らしげに現代人が言う文化が花開いた時代だったりした… ということを考えると、首狩り合戦を繰り返していた日本人は、果して野蛮だったかしら?民主主義や人権などのあろうはずもない頃の、お国が集まった島国の人々の精神構造は、未開地のバーバリアンなものじゃなかったんだろうな、と思います。
むしろ、大将の首を斬ることで、他者、他国との間にバランスを保つ機能があったんじゃないか、愚かな大量殺戮を防ぐために、高度に磨かれ、様式化すらされた戦争ゲームをしていたんじゃないか、とすら思えてしまいます。
(これは、日本以外の首狩り族も、同じだと思います)
とはいってもやがて下克上の時代になったり、信長や鉄砲が登場して最後に家康が天下を平定したのだから、いくさは結局良いものだとは言えなくなってしまったのかな、と思いますが。。
でもその江戸300年の平和な時代も、テレビで見る時代劇みたいにハラキリの後は首を斬ったのだろうし、関所では首を斬られる人がいただろうし、歌舞伎には首斬りのシーンがたくさん出てきたりします。(いまだに歌舞伎でご覧になれますね★)
私には、江戸の社会の辺境に首を追いやることで、いくさの時代後の日本人の精神のバランスをはかったりしてなかったかな、しかもかなり無意識的にだったりして…、と感じます。
そして、文明開化以降は首を意識しない文化に変遷を遂げたことになるのかもだけど、果して今の日本人は、まったく、いくさの精神が骨身にすらなくなった文明人に生まれかわったのかしら? と最近、疑問です。。




