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異文化の溝

しっかりした建物って
内部にいる者たちの構えや立居振舞を
決定的に定めてしまう
絶対法のような
力があります。

今日は
セルリアンタワー能楽堂にて開かれた津村禮次郎先生、森優貴さん、酒井はなさん出演の『ひかり、肖像』を拝見しました。

能や歌舞伎に多少見慣れてくると、
伝統的な日本の舞台では
西洋的な身体表現が
そこはなとなく
浮いているように感じられて
そこはかとなく
落ち着かない
気持ちになってしまいます。

どんなにどんなに素晴らしいダンスでも・・・。

酒井はなさんのダンス、
とても素晴らしいのに、
いざ津村先生が登場すると
決定的に津村先生の身体と立居振舞が
能楽堂と
そして太鼓と笛の音と
一体化して
圧倒的な存在感を放ってしまうのを
目の当たりにして
驚きました~ 驚く

同じ日本人だからといっても
能とモダーンなダンスくらい
身体の使い方が違うと
別の文化の人に見える
というか
明らかに
異文化の人同士なのだ
と感じました。

能楽堂の中で
日本的な立居振舞と
西洋的、もしくは現代的な立居振舞に
差異を感じた私には
日本人の中ですら
異文化同士の者がいて
付き合いや
調和の築き方の
厳しさ、難しさがあることを
目の当たりにした気分になりました。

身体表現が違うということ
立居振舞が違うということ

それは
つまりは

表現を引き起こす
意識や精神構造が
違うってことよね
と思います。


舞踏を始める前は
バレエしか知らなかった私の身体は
舞踏の世界で
振舞い方に苦しんで
絶望的になったことすらあったし
いまだに
うまく立居振舞えてないなと感じ、思う時が
ありますが
これまでの
もがいた分だけ、
意識や精神構造、
良い方向へ変わってきているとも思います。


現代の日本の中だけでも
異文化同士が
進むべき道
歩み寄るべき関係性
取り組むべき問題や課題が
まだまだたくさんあるんだな
踊り手としてだって
やること
やれること
成長したほうがいいこと
たくさんあるんだぞ~
っと、思います。

とはいえ
今夜はとてもとても素敵な、優美な、大人の舞台でした 照れる

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コメント (6)


宮本晃介:

踊りのことは詳しくないのですが、感じるのは・・・日本の踊りは、身体の動きよりも、何を伝えるかが目的にありそうな気がします。対する西洋舞踏は、身体の動きそのものの美しさがいかに出せるかが目的なのでは?

生け花も似たところがありそうです。「これ、きれいな花でしょ」ということよりも、質素な茎や枝から、観る者にどう感じさせるか・・・。
風流とか「わび・さび」という意味(単語)が発生したのも、ちょっと関係してそうですね。

立派な建物・・・日本建築が好きです。薄暗いかもしれないけれど、落ち着くというか。
(余談)最近、ビルのドアとか、エクス&インテリア類、怖いんですぅ(苦笑)。ドアレールが眼に映るのが怖い、ちょっと不可解な症状が出ます(困)。



宮本晃介:

付け足しスミマセン。
能は日本の伝統舞踊の中でも、一番奥が深そうですね。
それと、私は、阿波踊りが好きです。囃子の音に包まれ、連の進行を見つめていると、身体が吸い込まれてゆく心地がします。
徳島にも行きましたが、時季外れで、踊りは観れませんでしたが、「阿波踊り会館」を見学しましたよ。



佐和香:

>・・日本の踊りは、身体の動きよりも、何を伝えるかが目的にありそうな気がします。

両方ありますね。
日本的な身体の動きの緻密さは、凄いです。
ゆっくりとした立居振舞でも、やる側は大汗かくくらいの身体と気の使いようです。
(そうだ太極拳なんかもそうです~)
手先から足先、髪の毛の先くらいまで気を使ってる感じがする。


そして、情景描写や、内面描写がこと細かいです。

そして、所作と踊りや舞が、まるで螺旋のように入れ替わり立ち替わりして上昇し、終着駅にゆるりとたどり着きます。

あるがまま、
人生そのものを、
生命そのものを、
自然そのものを
舞台で演じているっていえばいいかな。

一部を切り取って舞台で演じているのに、
全体でもあるような。

まるで
金太郎飴みたいな
フラクタルな
感じがします。


だからかな、
演じ手の存在たるや、
しなやかで
かつ
どっしり
しているのは?
と思います。

舞台だからといって、ゴテゴテ演じたり、必要以上に足上げたり回ったり跳んだり跳ねたりダンスダンスして身体を過剰に魅せる必要がないんだな。

なんて思います。

そもそも、身体が着物で覆われちゃってるからね。露出部分がすくないじゃない?
でも、色気や艶がとて~もあるからね。。。凄いなって思います。

制約があるがままの、身体表現って凄いなあ奥深いなあと思います。

>それと、私は、阿波踊りが好きです。囃子の音に包まれ、連の進行を見つめていると、身体が吸い込まれてゆく心地がします。

「吸い込まれてゆく」感覚って、確かに私も好きです。
以前、おわら風の盆を躍らせていただく機会がありましたが、踊り続けているうちにまさにどこかへ吸い込まれていく、恍惚とした感じになりました。

舞踏もね、吸い込まれていく感覚、あるので、日本的な踊りや舞の特徴でもあるかもしれませんね。




宮本晃介:

>所作と踊りと舞いが入れ替わり立ち代り~終着点に着く。
>演じ手がしなやかでどっしりした存在感。

・・・なるほど。そいういう視点で視ると、踊りだけでなく、日本各地の行事には、好例があります。神輿(みこし)もそうだし。私が、ぱっと思い浮かべたのは、秋田のなまはげです。よく視ると、シコを踏むような歩み寄りで、子供に近づきますから、きっと、それも「踊り」の一種なのでしょう。なまはげの正体その物が、何なのかわかりませんが、まぁ、鬼の形をした神かな?

阿波踊りの連を視ていると、この人たち宇宙人みたいだと思うことがあります。または天からの使者。年に一度、地球(または現世)に降りてきて、恵みや、知恵をもたらすような群衆。
あのやかましいほどの、リズム感もなぜか心地良いんですよ。初めは、「阿呆」を楽しむ目で視ていましたが、いつの間にかまばたきもせず、じっと見入って、吸い込まれました。音もいつまでも耳に残ります。

東京だと、観れるのは、高円寺でしたっけ?



宮本晃介:

スミマセン。思いだしキーワードですが、「おわら風の盆」って、長野の物ですか?
「越中おわら節」という単語に見覚えがあります。



佐和香:

阿波踊りかあ、ちゃんとみたことなあなあ…
高円寺は有名ですね。
確に精霊さんのお祭りみたいな感じですね。

おわら風の盆はそうです越中ですよ~。
胡弓と男性の泣くような歌がとても印象的です。おわら節を聴いていると、なんだかモンゴルあたりの大平原を想像してしまいます。
はじまりは江戸のはじめくらいかな。当時の中国文化の流入が色濃い感じがします。


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