こんな言葉をふと思い出してしまいました。
これって諺だったかしら?
他人との関係において
他人を自分が
可愛がったり
思いやることって、
結構
際どいことな気がします…
自己満足に傾きやすい気がします…
どんな形であれ
相手を思っていることを
相手に直接表明するって
自分の存在を誇示できる
安易な表現方法でもあるからね。
だからこそ、
重たい表現方法なんだと思います。
思われるより
思うほうが
結構
楽なんだよね。
他人から
可愛がられすぎたり
思われすぎたり
されてみて
結構
重たいことなんだって
気付くんだよね。
これって
親子、友達、恋愛、先輩後輩、先生生徒などなど
どんな関係でも
同じなんだと思います
人との関係において
付き合いが楽な方と
付き合いが重たい方って
誰にだって
いるんだと思いますが
付き合いが
重たい場合って
思いやりあいの
バランスが
取れてない場合
なのかなあ
なんて、これまでのたくさんの関係性を重ねてみて実感してます。
『人』という文字は
人と人が寄り添いあっている形
だそうだけど、
どちらかが
身を傾けすぎてしまうと
『入』りこみな関係
ってな気がする。
他人との間に
均衡点でつりあえる
絶妙なバランスが
自分の力で保ててこそ、人は人になれるのかもしれない。
他人を思いやることができるのかもしれない。
思いやりと称して
他人に依存しすぎたり
他人に期待したり
他人に見返りを求たり
するのって
相手を自分の思うままに
扱いたい気持ちと
裏腹なのかもしれない。
そうならない
他人を思いやり方ってのは、結局
自分を当てにすることなんだろうな。
自分を当てにしてれば
他人に対して
可愛さ余って憎さ百倍は起きない気がします。
他人をもっと思い遣れるようにね
私をもっと当てにして
生きゆきたいと思います〜






コメント (4)
宮本晃介:
これは、私にとっては、耳の痛い話です(苦笑)。というのも、最近はそれほどでもないけれど、ついつい口出しして、相手の気持ちを重くしてしまうことが多かったんですよ。
友人が服を選ぶときでも、「青のほうがいいよ」「これ、素材がイマイチだから、あっちにしようよ」みたく・・・もう、余計なお世話ばかりしてました。だから鬱陶しがられたのかなぁ。
「人」という字が「入」になるくらいならまだしも、私は「×」にまで悪化させてしまうことがあります(反省)。
「裸の大将放浪記」を視ていて、あんな風に丁度良い気遣いが出来る人になりたいものだと、思いました。
投稿者: 宮本晃介 | 2008年05月26日 22:28
佐和香:
裸の大将ですか。いいですね~
結構ね、遠くにいたほうが互いによい関係が熟成していくから、不思議なものですね。
韓国の方々とも、身振り手振りのコミュニケーションで、話もままならず、たまにしかあわないからこその、ほどよい関係が時間をかけて築けている気がします。
これからもそうだといいなあ~
投稿者: 佐和香 | 2008年05月27日 13:10
宮本晃介:
遠くに居たほうが互いに良い関係・・・恋愛と結婚にも同じことが言えそうですね。
近くにいても、いつまでも良い関係が続けられる夫婦やカップルって、立派です。
私の場合、「気になる物」は遠ざかって欲しいです(苦笑)。精神的に、怖い物見たさの衝動が抑えられなくなっちゃうんですよ。
話は外れますが、たまたまサイトで「キノコ舞踊団」というユニットを見つけました。サワカさんはご存知でしょうか? なんか面白そうです。
投稿者: 宮本晃介 | 2008年05月28日 00:30
佐和香:
体が物理的に近づくことが必ずしも関係が繋がることでも深まることでもないんですよね~それが結構落とし穴ですね
キノコは有名ですよ~
投稿者: 佐和香 | 2008年06月04日 20:31