韓国公演は無事成功しました~。
プンムル・フェスティバルの開催地ブピョン(富平)は、『猟奇的な彼女』でも撮影されてたと思うけど、ソウルから電車で約1時間くらい離れた郊外です。 横浜市みたいな感じです。
この数年の街の開発は凄まじくって、2年前にはなかった、お洒落なカフェや、居酒屋や、ブランドショップがニョキニョキと立ち並んでいています。
日本語の看板もかなりあるし、喫茶店では普通に日本のポップスが流れているし、激変に本当に驚きます。
そんな、変化が急激に進んでいるエリアなのだけれども、私には、日本が80年代くらいまであった、ゆとりやゆるさ、懐かしさを、今の韓国に感じてます。
それでも地元出身のアーティストは、ブピョンはつまらなくなったと言っていたけどね。
今回の公演も、とても楽しい、心から笑い合える韓国のスタッフの皆さんたちにガッツリ支えて頂いた舞台でした。
彼らから学ぶことって、私にはたくさんあります。
まず彼らから毎度身をもって教えていただいてるのは、『情』や『絆』の大切さです。
スタッフの皆さん、実は女優さんや役者さんなのに、本当に色々と協力してくれて、凄いなあと思いました。
彼らは、家族のように仲間を大切にします。心があったかいです
例えば別の劇団同士が足を引っ張るんじゃなくて、一緒に助け合って活動している姿を垣間見ると、羨ましいなあと心から思います。
最近は日本の社会学の学者さんなんかが日本人は他者と干渉しあうことの大切さを忘れているとかなんとか、新聞に書いていたりしてるのをふーん、と思って眺めていたけど、韓国の方々とボディ・トゥ・ボディ、ソウル・トゥ・ソウルでお付き合いすると、確かに日本人は忘れているんだなあと、感じるのでした。
私自身ももっともっと、情の深い人になろうって、思います。
もう一つ、学ばされていることを上げるとしたら、『どんなお客さんでも、魅了しなさい』ということです。
フェスティバルの舞台はブピョン駅周辺のストリートなので、お客さんはファミリーが多いです。
お客さんは無料で舞台を見られるから、自由に出入りできます。
その状態で、約30分~45分、お子様連れのお客さんに立ち去られないようにアートパフォーマンスをすることが、私たちに求められます。
もしかしたら、日本人にしてみれば、彼らが求めるのはエッジなものよりも『分りやすい』ものや『美しいもの』なのかもしれない。
でも、それがまず出来ることって、パフォーマーってとても大切なんだって思います。
(これは以前、越後妻有アートトリエンナーレにて新潟の廃校で地元の方々の前で踊らせて頂いたときにも感じたことですが・・・)
それを教えてくれたのは、私たちが踊ってるときに何度も何度もシャワーのように拍手や歓声を上げてくれた、韓国のお客さんたちです。
心から私たちのパフォーマンスを楽しんでくれている彼らの姿に、逆に私たちの心が洗われてしまいます。
だからこそ、面白い挑戦だなあと、いつも思ってこのフェスティバルに参加してます
そして、私たちの挑戦や試行錯誤を大らかに迎え入れてくれているフェスティバルの皆さんに心から感謝してます。
私はまだまだ一塊のダンサーでしかないけど、彼から学んだたくさんのことを、どんな場所でも生かしていきたいなあって、いつも思ってます。
そして、もしできるのであればねえ、日本と韓国それからもっと広げてアジア全体、そしていつかは世界全体との繋がりや情を深めることが出来るお祭りが何かしらできたらいいのになあって夢見てます。
彼らと一緒にお祭りを夢見て、一緒に向かって進んでゆける一塊のダンサーとしてこれからも活動できたら、、本当に嬉しいです。
まずはね、、お世話になった韓国の彼らと一緒に日本でフェスティバルができるにはどうしたらいいんだろうって、頭を悩ませてます・・・。もう4年前からなんだけどね
それはともかく、彼らに本当に感謝です
신세를 진 여러분에게···
정말로, 감사합니다.
여러분, 진심으로 사랑하고 있습니다.
또 만납시다!!






コメント (8)
宮本晃介:
おかえりなさいませ。おつかれさまでした。気のせいか、メイクも韓国公演バージョンといった感じですね。
韓国の人たちは、人付き合いが自然な形で出来るのでしょう。それは、技ではなく、生まれ持った「人を敬う心」から来るものだと思います。
私はというと・・・内臓疾患で食事制限が下されました(とほほ)。韓国=おいしい料理を思い浮かべちゃいますよ。
投稿者: 宮本晃介 | 2008年06月08日 00:18
佐和香:
ただいまかえりました~(^-^)/
自然な人つき合いが日本人よりもしやすい気はします。それは韓国だからってことよりか、地元の人、もしくは精神が地に足ついた人とのおつきあいの場合かな…どんな場所や国においても。
都内はね、地方出身同士の人付き合いの割合が高くなるからかな、何かするとなると、地に足ついた付き合いがなかなか希かなって気がする。
どかっと自然体に構えてのおつきあいは、少ないですね…★
投稿者: 佐和香 | 2008年06月09日 11:39
宮本晃介:
>日本に80年代くらいまであった、ゆとりや懐かしさ
>「ブピョンはつまらなくなった」
・・・という感じ方。なんとなく同意できますよ。どういう理由で「つまらなくなった」のかまでは分かりませんが、私も同じことを感じてます。
日本の場合、80年代って、まだ、どこかに隙間のような未成熟さが残っている楽しみがありましたね。
私の場合、70年代半ば~80年丁度が一番わくわくしました。マセた(または偶然運が良かった)小学生だったのでしょう。兄が聴く洋楽を一緒に聴いたりして楽しんだし、兄が部屋に連れてくるお友達たちのファッションに、「自分もこうなりたい」ってワクワクして憧れたし・・・。とにかく、これからどんな素敵なことが待っているのだろうって、夢を持ってました。(彼らのセンスは、服で言えばニュー・ウェイヴとか、ニュー・ロマンティックとか美大生風とか)
年月が経ち、80年代中後期かな? 一応自分でも、憧れの格好をして、それなりに楽しんではいたんですが、でも、なんか違う。意外とあっけない感情しか残りませんでした。
周りのムードに負けていたんです。好きな音楽も、機材やシステムの発達で、音質も急激に向上してきたし、洗練されたビルやスペースがどんどん出来る。なんというか「もう、自分の憧れたムードはあっけなく消えてしまった」と感じていたんです。完成されてしまった世界に、ついて行く気がなくなってしまったというか。
だから(未だにバカみたいに)独りの世界を楽しんでます。音楽だって、CDが流行してからも、まだ何年も、レコードで、武骨なステレオ・キットで聴いてましたよ。
買い物も、個人商店で買うのが好きです。酒屋・八百屋・花屋・金物屋とかね。金物屋って、なぜかネコがいますね(笑)。
きっと、ブピョンのアーティストたちも、ひと昔前の街や文化の成長過程が楽しかったのではないかな、と思います。なんか文が整理できてないくてスミマセン。
投稿者: 宮本晃介 | 2008年06月10日 23:59
宮本晃介:
すみません長文再び。読み流しで結構ですよ。
ところで、この写真のスタッフさんたち、いい顔してますね。世界水泳やオリンピック競技でも、今、色々雑念がうるさいじゃないですか。水着がどうとか、企業との連携があるから、スポーツもビジネス化されるのは仕方がない。でも、このダンス公演に感じることは、純粋に良い物を作ってゆこうとする姿勢です。楽しんでやってるでしょ? だから観る側だって楽しみながら見れるのです。
雑念と邪気は似た物かな? 精神病治療にあたる東洋医学の先生に「邪気がつきまとっているから、ノイローゼになるんだよ」と言われました。
今日はとうとう脳が変になりました。どうにか意識はあるものの、ノボせて何も情報が読めなくなりました。付き添い人に氷で頭を冷やしてもらい、どうにか一命を取りとめました。
ガンバリ屋のサワカさんも、時には力を抜いてください。「あまり力を入れて達成しても、無力感が襲ってくる」のが人間だそうです。とくに現代には、有害な色・電波・電磁波・太陽光が我々を取り巻いてます。これらは確実に健康を害するといえましょう。だから疲れないように気をつけてください。なんだか偉そうなことを書いてスミマセンが、「邪気」の怖さを実感するこのごろですので・・・。
投稿者: 宮本晃介 | 2008年06月11日 00:01
佐和香:
どうかお大事になさってくださいね。
邪気と雑念は一緒なのかな。
邪気というと外的な要因に感じるし、雑念というと内面に生じるものって感じるし。。どっちも一緒であるならば、外的な要因に翻弄されてしまうのは内的な要因も関係している感じがします。
環境に反応する繊細さやセンスがあることは素敵なことですが、時に呼応しすぎない、毅然に振る舞うたくましさも必要ですね。それには鋼鉄のような堅固なガチガチな逞しさではなくって、ノレンに腕おし柳に風、時に馬耳東風みたいな、ひょうひょうとした身心の柔らかさを養うことが必要かもですね。
段々むし暑くなってきましたね。。
御身、お大事になさってくださいね。
投稿者: 佐和香 | 2008年06月11日 15:47
宮本晃介:
ありがとうございます。身体も脳も神経も臨機応変に活動できる状態、今や、憧れます。健康的に一番強い状態ってことですね。
邪気・・・五感において、不快な物事です。不快と思わなくても、身体に合わない物もそうです。例えば、綺麗な赤色(とか激しい動画)を見つめていたら、その後、気分が悪くなった・・・など。邪気は臓器の弱った箇所を刺激し、脳の働きを犯すそうです。
これを機に、東洋医学や漢方に関心を持ちました。
糖分塩分抜きの食事です。なぜか飽きずに実行できてます。やめられなかったタバコも、今や見たくもないほどです。でも、さすがに身体がフラフラします(笑)。現在、自立神経が失調し始め、交換神経が異常活発しているとの診断結果でした。でも、がんばれます。
韓国公演とは違う話を長々とすみません。「アジアの素晴らしさ」ということで。どうぞ話題替えていいですよ。
投稿者: 宮本晃介 | 2008年06月11日 22:12
佐和香:
うっ糖分塩分たっぷりの食生活をしてるので、やばいかも…
アジアの素敵さより生きる素敵さのほうが大事ですです☆
危機的状況、私も何度かありましたです。
最初の危機は、高校2年生の時に大学生のいとこが自殺したことがきっかけです。一回忌の夏の日に、なぜ彼女が死ななきゃいけないのかしら?受験勉強して良い大学にはいって、死ぬってどういうこと?大学入ったら彼女と同じように私も狂うのかしら?とか、何で誰も彼女を救えなかったの?とかとか、一年たってもワケわからないことばかりでどうにかなりそうになった時に電話が鳴りました。
事情を何も知らない友達がバイト終わったからバイト仲間とご飯一緒に食べようよ~と呑気に連絡してきてくれて、何も知らないまま江ノ島まで連れていってくれて、海を眺めてたら救われました~
一番大変だったのは4年前に舞踏家として独立した頃かな。環境に起因する色々な問題を乗り越えようとしていた頃で、独りきりになると本当に生きるのがしんどかったです。だけど、独立したと同時にダンスを越えて、日常生活の中でたくさんの色々な方々との何気なく触れ合う機会が増えて、それが救いになった気がします。他人との付き合いで嫌な思いもたくさんしましたが、楽しい思いもたくさんしました。
今は楽しくお付き合いさせていただいていている方々がたくさんになりましたが、これからも周りの方々との楽しいお付き合いを大切にしたいと、思ってます。
他人は結局私の問題を何にも解決してくれなかったですが、独りきりで闘うのと他人が身近にいるのとじゃ、おおちがいだったと思います。
そして苦しくて溺れそうになっても必死に藁に掴む気持ちを忘れないこと、諦めないこと、頑張るよりか楽しもうとすること、生きる上で大切だと思います。
掴んだ藁が、案外思いもよらない素敵な世界へ旅立てる魔法の絨毯だったりするかもです☆
Take It Easy (^-^)/
投稿者: 佐和香 | 2008年06月13日 12:03
宮本晃介:
塩分も糖分も必要ですよ。摂れるときは摂っていいんですよ。でなければ身体に力が入りません。特に運動をする人は摂らなくちゃ。
私はもうすっかり「宇宙遊泳」してます。身体の柱が抜かれたような心地で、重力感がありません(笑)。今は医師の指示で、無味食物と服薬で内臓をきれいにしている段階時期です。
でも味が無くても、不満は湧かないんです。素材の味が分かるし、余計な欲が無くなります。今までの食生活がいかに(自分に)合わなかったか、実感しますよ。それと「食べる権利」という思いが「食べられる有り難さ」という思いに変わりました。天災が続くこの頃。それでも私は3食摂っているんだ。
ただ困るのは、糖分が無いだけに、寝つきが悪いです(悩)。疲れっぱなしで、脳だけがギラギラ。
いとこさん、自殺ですか。それはお辛いでしょう。色々考えてしまいますね。何が悪かったのかとか、どうして相談してくれなかったのかとか、遺族の方々も自責の念でいっぱいになったことでしょう。自殺はどうしてもネガティヴに批判されますが、当人にしか分からないものだから、安易に批判されたくないですね。いくら思い直しても、頑張っても、ダメなことだってあるんです。勿論、他の人たちにはこんなことは言えません。こちらとしては「待って!がんばろうよ」としか言えないとこが、また辛いもんです。でも、もう意識も無く、フラっと・・・でしょう?
我が家の場合、父は突然死でした。さっきまで何でもなかったのに、倒れて救急搬送され、還らず。もっと大声で「眼を覚ませ」と叫んでいたら、還って来たかもしれない。それに後悔してます。
>舞踏家として独立した頃かな・・・
環境が変わった当初は、孤独感とか心細さに襲われますね。それだけではなくて、これからどうやって暮らしてゆくか、人生を設計してゆくか、自分で決めなければならないから、それも辛いでしょう。
私は幸か不幸か、独り暮らし経験がありません。未成年の頃からそうなることは予想してました。兄は家を出てしまったから、自分が家を継がなくてはならないのですからね。だから逆の意味で、それもちょっとつらかったです。みんな一人暮らしして、楽しそう・・・だとか。幼稚な考えでお恥ずかしい(恥)。でも、今現在は、実家で家族同居でも、まぁ良かったかなと思えてます。きっと、どっちを選んでも同じくらいの良さ・辛さはあったでしょうね。
そんなことで、人と人は出逢うことに価値があると思います。誰かが傍に居るだけで安心すること、あるでしょう? 相談には乗ってくれても、行動は自分で決めるしかないんです。
(・・・というのが私の持論です)
また長話でスミマセン。もうほどほどにしますね。頭悪い状態なので乱文ごめんなさい。でも、食べるべき食べ物はちゃんと摂りましょう!夏ですから。
投稿者: 宮本晃介 | 2008年06月15日 22:39