この世界で暴力の終焉は、有り得ない。
でも、だからってんで、ペシミズムに陥ったり
、ニヒルに悟って斜に構えたり
、乗じる
よりも、私が築きあげられる世界の中では、確実にその実現がしたい
たとえすぐに消えちゃう一時の世界だとしてもね
そんな思いを大切にしながら、でも、リアルな一時の舞台にいたるまでに進む、気の遠~くなるような現実世界の道のりで、常に他者と自分の間で、そう願い、葛藤しています。
他者が他者を何ら侵すことなく、信頼しあいながら自在に遊泳する調和空間ができたら…
と常に願って舞台に立ってます。
いつも頭と体を撹拌するように考え踊りながら、最終的には楽しんでいる私だけど、今日、なぜだかヒンズーの神さまとその敵たちの乳海撹拌神話を思い出しました。。
人間も、各々にインナースペースがある限り、各々に善と悪は潜んでるわけだから、己の悪を認識せずに善人や良い子や正義漢を装ったり、逆に己の悪に乗じるんじゃなくって、自らの善悪同士の撹拌ができるユーモラスさおおらかさがなければ、やがては精神や身体が疲弊して、自ずと荒廃してゆく・・・。
人間て、とても不出来な生き物なんだろうな。。。
にもかかわらず、人間に備わるイマジネーションの時空の馳せ方は驚くばかりです。
宇宙を突き進む光の速さと同じように…。
今この瞬間に、何かをステップにして過去にも未来にも他人にも他生物にもモノにも食べ物とかにも・・・瞬時に飛んでゆける人間の思いというものは、人間に内蔵されてる体内宇宙の深さと広さの測り知れなさを証明しているのかもしれない。
そんなこと思ったり考えたりすればするほど、人間の頭の枠で便利に作り出した、個人主義に基づく都合の良い自他のライン引きや、己の利益や勝利のためなら世界や他者からの強奪も厭わない他とのつき合い方って、浅はかで稚拙だなと思います。
これからも、私という物理的な狭い枠をはみ出すスピリットを大切にして、外にも内にも深~く広~く遊泳し攪拌しながら、(そして毒は吐き出さないようにしながら・・
)他者と豊かに無限に思い遣りあえる可能性を秘めたイマジナリーな調和空間を立ち昇らせたいと思います
これは、去年の秋の始めに撮った玄関先の雨後のキノコです。
今年も同じ時期に同じところに同じ様に生えました 。
今年も去年と同様に、ギックリドキドキしました
今年も去年と同様に、新たな秋の始まりにワクワクです





