先週伊勢のホテルで、たまたま『NHKスペシャル病の起源 第4集 読字障害~文字が生んだ病』をみていました。
人類が文字を使い始めて5千年しか経っていないため、人間は文字を読む能力が実は弱い。
というか、文字を読むための直接的な機能は、人間の脳には実はなくって、39野、40野という視覚、聴覚、体性感覚を統合する器官が代わりに文字を読むように働いているそうです。
つい数千年前までは、人間は文字をたくみに使わなくても社会の中で何不自由なく生きてゆけた。むしろ文字を使うよりも直感や感性が豊かに使える人間の方が、社会でとても活躍できる時代の方が人類は長かったということのようです。そして、インターネットやパソコンに乗り遅れる人がいるように、脳の中で39野、40野が文字読解に著しく機能しない方は、本来はどんなに才能や可能性がその方に秘めていようとも、「文字障害」というラベルを貼られ、現代社会の時流に乗ることが困難になってしまっていることがある・・・。
そもそも人間の脳って、言葉は必要でも文字は必要ではない構造になっていたことに、素直に驚きました。
そして文字って、人間の発明物、道具、人工物、テクノロジーって言えばいいのだろうかなあ・・・と最近文字をたくさん使えるようになった私は複雑な気持ちで毎日を過ごしていたんだけどね、先日こんな出会いがありました。
ハンガリー人にお会いしたのですが、ハンガリーの人々は、千年前に使っていた文字、マジャル文字を昔一度ハンガリー人は捨てた?のだそうです。(その経緯は詳しく伺えませんでしたが、捨てざるをえなかったようです)。しかし今ハンガリー人の中からマジャル文字を使おうとする意識が高まり、マジャル文字が近々パソコンでも変換できるようになるそうです。と息巻いてお話されたその方は、文字の復活を担っている方でした。
なるほど・・・と聞きながらも、常にリアクションが低温な私が気になったのは、文字と民族主義の関連性です。
というのも、その方いわく、ヨーロッパをUNITEしようとするEUの流れに対して、ヨーロッパにいる各民族は自分の民族を意識するようになってきているようです。
古代のマジャル文字の復活とフン民族としての意識の高揚が、悪いことだとは思わないけれども、同時に頭が非常にスマートな彼の反EU意識、そして反米意識に何だか不安な気分になりました。 うまく説明できないのだけれども。。
日本も一昔前に、列強に抗うように、単一民族という意識のもとで勢い、突っ走った時代があったから、気にしすぎてるのかもしれないけど。。
そしてパクスアメリカーナと資本主義経済が行く先不透明な時代だからこそ、民族の勢いある動向って自然、気になっちゃうのかもだけど。。
とちっぽけな小娘ダンサーが過剰に気になったところで、頭のスマートな方々にフッくだらんと鼻で笑われておしまいかもだけど。。でもね、私の39野、40野という視覚、聴覚、体性感覚を統合する器官は、馬鹿にされようがどうだろうが関係なく、モゾモゾ働き出して文字にしてみたくなったような感じがします。
もう既に、表現の世界では、若気の至りやら抑圧の反動やらお馬鹿やらで一世風靡しちゃう未成熟な覇権はキビシイな、と肌身に感じる今日この頃なので、ホントに過剰反応かもですが。。でも、過剰反応で済まされるのであれば、かえって嬉しいです。なんだ、夢だったのか、私ってお馬鹿ね
とホッとできるような感じです。
この先に地球に花開く世界が、多民族同士が尊重しあえる文化を持った、ヒューマンでユーモアある大人な世界であってほしいと、心から願いながら眠りにつこうと思います。ZZZ





