この単位を知ったのは中学生だったか高校生だったか…
10年を一区切りとして生きることを知ったのはある意味発見でした。
さて、この約10年は舞踏を選んで良かったのか?と自問し続けた月日でもありました。
なんであの時舞踏に出逢い選んでしまったんだろう…もっと他のダンスも出来たのに…。無謀だったんじゃないか。馬鹿アホだったんじゃないか…。とも思うこともあったような気がします。
でも10年ひと山を越えてみて、辞めてないから結局良かったんだと思います。
今は、周りも両親の心配もをかえりみずに未知な舞踏に邁進した無知でおバカな私の勘を信頼しています。
そしてそんな私を信頼してくれた両親や友人や周りの方々にも、本当に感謝してます。
今年は就職氷河期再来のようですが、私が社会に出た時も就職氷河期でした。バブリーな楽な生活をしてない先陣です。
だから当時の私にあったのは、社会や自分の上の大人への冷たい視線と諦めです。後ろ盾が何もなかった私は、ハナから甘い期待は持つまいとの思いから舞踏に駆り立てられた気がします。
これから先は読めないある意味暗黒時代のような感じですが、この先10年スパンでしっかり自分を見つめて前を見据えて、希望の光をつかみたいです。
なぜなら希望の光は外でなく自分の内にあるからね。だって私たちは☆のカケラで出来てるんだから☆
まずは、この10年関わっていただいた方々に、お世話になった方々に深く感謝します。
今年は実質ソロデビューしてみて、たくさんの出逢いと学びがありましたが、これから先の10年が大変なのかもしれない。。。
まずは来年を楽しい良い一年になるよう、しっかり生きたいです。
ところで…、昨日伺った話ですが、先日踊った銀座の画廊雑居ビルは、80年ほど前は遊郭みたいな高級マンションだったようです。
一年前の私は、即興で踊ったら私ではなく飛んでもなくネガティブな女たちの情念に操られるような、ダークなダンスになりました。内蔵をえぐりだされるような、叫び出したくなるような、かなり烈しいものがありました。でも抵抗しないほうが良いとの勘もなんとなく働き、頭の回路を切りました。だからなされるがままのトランスな感じでした。なぜあんなダンスだったのかと一年間疑問に思っていたのですが、私は霊感はないけど、場に遺された情とのコンタクトが知らずともできるようになっていたのかもしれません。
そんなことは露知らず、今年も、どうしても再度あの場で、今度は楽しく陽気に舞踏をしたいと思って臨みました。何か供養したい浄化したい気持ちも働いてたのかもしれません。
柔よく剛を制する☆
環境や機運に振り回されない強さとは、陽気さや柔らかさを持つことだと今回の体験で再認識です☆
来年は柔らかさ陽気さを忘れず、前に進もうと思います。
みなさまの来年も良い年になることを心から祈ってます。
今年一年おつきあいいただきありがとうございました〜☆m(__)m☆






コメント (2)
D P:
陽性であり続けることは努力が必要ですが、自然と柔軟にしかし、女性らしいクールさも持ち続けるとベストだと思います。社交面での戦術ですが、あまりしゃべらず冷静に相手の話を聞き、的確に応えを返す技がしなやかにできると女性は社会的地位が向上するといいます。あと美貌も武器なんでしょうね。
投稿者: D P | 2009年01月01日 19:42
D P:
陽性であり続けることは努力が必要ですが、自然と柔軟にしかし、女性らしいクールさも持ち続けるとベストだと思います。社交面での戦術ですが、あまりしゃべらず冷静に相手の話を聞き、的確に応えを返す技がしなやかにできると女性は社会的地位が向上するといいます。あと美貌も武器なんでしょうね。
投稿者: D P | 2009年01月01日 19:42