舞踏や舞踏系の公演を時々私も観るのだけど、観ると正直うんざりすることがあります。 私が舞踏の舞台から時々イメージしてしまうのは、麻薬中毒患者や映画で見たことのあるアヘン窟です
★┐('~`;)┌★
体をよじったり叩いたり、痙攣したり、白眼剥いたり、睨みつけたり変な顔したり…とエキセントリックに奇を衒い続けることが舞踏あるいは舞踏系のダンスであることなのかしら?
人間、体をねじったり、硬直させてばかりしていたら、心や神経までもねじれ硬直してしまう。 そんな身体表現を故意に人前で平然とお見せするということは、今のダークな機運をひっくり返すどころか迎合しているだけに過ぎないのかもしれない。もしくはそもそも社会なんて関係も関心もないのかもしれない。自分ワールドに浸りたいだけなのかもしれない。
もうしそうならば、大人げない。
幼児性退行を平然と人前でしてしまうことを、よしとしてしまっているとしたら、何だかおかしな気がします。 そこからは豊かなものは何も生まれないもの。創造性のかけらがミジンコもないもの…。
というわけで… 昨夜はどうしても、クリエイションがしたい、豊かな楽しい舞踏がしたいと思いました。
そしてお客さんにも一緒に楽しんで頂きたいと願いました。そしてその後で美味しいお酒が飲みたいと心底願いました(*^▽^*)
画家の和田彰さんとの一年ぶりのセッションでしたが、準備からさりげなく始まる、という和田さんからのご希望を受けての緩やかな平行世界なパフォーマンスが始まりました。
去年は終始緊張感ありダークムードで烈しく内面を掘り下げるように踊りましたしたが、今日は終始緊張感なく穏やかに行儀よく踊り続けました。
結局最後は和田さんの描かれた絵をぶっ壊しました。
でもね、殺伐とした暴力ではない破壊でした。ワクワクするような破壊行為でした☆
そして和田さんもお客さまもとても待ち望んで喜んで迎え入れてくださった破壊行為でした☆
和田さん、そしてお客さんと一体となって楽しいクリエイションができて、ホントに嬉しく思います(^-^)
来年も常識に懲り固まらずに、他者や社会、そして自然や宇宙との関係性のなかで、豊かに柔らかに楽しく破壊と創造を奉りたいです。
それが私がこの世界に向かって舞い踏みしめる道です。
和田さんそして仲野さんに心から、ありがとうございました。
また来年も楽しみに待っていますっ!!!!!




コメント (2)
∽N P:
暗黒舞踏と舞踏は方向性が違うでしょう、一概に否定できる表現ではないと思います。時代性を反映しているのはありますが、破壊的な衝動はどの時代にも必ずあるので、客の目の前で綺麗ごとだけ見せるのではなく、例えば地獄絵の中のキャラクターのような餓鬼などを体現することで、観客は自分は無事生きてる、セーフゾーンにいると、悍ましい迫力を前にして感じるのではないでしょうか?目の前に赤の他人の死体があれば、人間は生きててよかったと思ってしまう白状な部分はあると思います、舞台上で疑似的に一瞬、あの世や地獄やデンジャーゾーンを見せることで、ぼうっと見てる観客をひきつける技が暗黒舞踏の禍々しく不気味な仕草なのでしょう、あと人生を体現しているのでしょう、60年代的なMっ気たっぷりな実は愛に餓えた淋しさと悲劇的な真面目さがあります。
舞踏の動きというのは最初に作った人間の表現の技法でしかなく、名優の芝居を新人の役者が露骨にパクってるのと同じ状況でしょう…。土方、大野の関係者までがパクりは辛うじて許される気はしますが、そうでない人間がパクるのは芸がないし面白くない、20世紀は規制のない身体表現を舞踏として編み出したのだから21世紀ではその概念を継承しつつ、何か形を新たに編み出していくようなクリエーションができるといいですね。
投稿者: ∽N P | 2008年12月29日 06:10
佐和香:
その通りですね。
モダンダンスは結局は一世一代。イサドラ・ダンカン、マーサ・グラハムなど、発生当初からそうですね。
モダンダンスから派生したものは、本質的に同じことでしょうね。
オリジナリティを編み出すことは非常に大変な作業ですが、大きな喜びでもあります。生きる喜びでもあります。
今は前進のみです。。
投稿者: 佐和香 | 2008年12月29日 17:21