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極楽

旅を愛するワイルドな方に、舞踏って『命がけで突っ立った死体』なんですってお教えしたら、その方も『崖の上を口笛を吹いて歩いてるんだ』と、自分も同じだと、喜んでくださったことがあります。


このところ、日常の私の足元が地殻変動してます。先が読めないように感じること、あまり良い方向ではないように感じてしまうこともあります。
が、気づくと私も口笛吹きながら自転車を漕いでたり、ニコニコしながらお湯に浸っていたりします〜〜(^-^)〜〜


崖がなぜ喜びに繋がるのか…不思議ですが、『今日は死ぬのにいい日だ、今日はもう一度生まれるにはいい日だ』というインディアンの言葉にも、繋がっているように私には感じます。(^-^)


崖にたどり着いた末に踏ん切りついて初めて、人は飛躍する力が沸いてくる。思わず口笛吹いたり大地を踏みしめたくなるほどの、生きる喜びや楽しさが湧き出てくるのかもしれません。。


それは、他の生物と分け隔てなく、人にも絶体絶命がある定めなことと、深い関係があるのかなあ…とも思います。


極限まで心身使って崖にたどり着かなければ、人は極楽を感じえない。
たとえ言葉が読めたとしても、言葉が指し示す「極楽」は、体験を通さなければ、すでに今ここにあるんだってことを感じない、理解できないのでしょうね。
だから血眼になってなにか希望がないか、外に他人に求めてしまうのでしょう。


どんな形で表れようとも、自分に与えられた体験は、極楽への冒険を支える魅力的なアイテムだなあと思います☆


とはいえ、先日団塊のおじ様から舞踏家としては『中途半端』といわれたのだけど、どちらかというと、『発展途中』かな。


私は土方さんや大野先生やその他素敵な舞踏家の先輩のような、強烈な人生体験や元風景があるわけではない。だからそれらを糧にして創作ができる訳ではない。個人的体験は、ある意味特権です。

でも、創作は個人的な強烈な体験に基づくだけじゃない。と感じます。

でなければ、平和な時代に生まれ平坦な日常を生きてきた私が、崖の上にわざと昇るようにように舞わざるをえない状況にはならなかったはずです。

個人的な体験を超えた大きな力が働いてるから、私は舞わざるをえないと、今は感じます。

でも、これを安易に神秘的なものや宗教的なものとしては、捉えたくないと思います。

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