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2009年04月 アーカイブ

2009年04月28日

耳をすましてもすましても…

温かくなって、庭が花ざかりです(^-^)。
打ち上げ花火みたいに日々花が咲き上がる春の庭にワクワクします。

でも今日は目よりも耳を澄ませてます。


人の耳って、周りをくまなく平等に聞き取るってできない。

そうしようとしても、すぐ目の前のミツバチの、コデマリの花の前で羽ばたく音に、しぜん耳を集中しちゃいます…。
鳥の羽ばたきに気とられちゃいます…。


昨日は5月16日に行うパフォーマンスの音作りをしました。サラウンドスケープを手掛けて頂く沢口真生さん宅にて、様々な森の音を聴きました。

どの国の森も、ずーっと川みたいな音がするなっ、静けさがないなっ、なんでかなって思ってたら、それは川ではなくて木々の葉のザワザワしてる音でした(^-^)

森ってホントにこんなに音してるっけ?!

と耳を疑いましたが、疑わしいのは私の耳なのでした。


マイクは全てを正確に捉える。

でも、私は、聴きたいもの、関心のあるものしか、聴こえないし聴けない。関心ない音は、聴こえてない。


なんだか面白いなって思いました。


マイクで撮った森の中では、鳥や、虫や、けものや、雷など、うごめいていて、『生きてます!』と命いっぱいに訴えてました。ホントに遠慮がないくらい煩いくらいです。
まさに、命のシンフォーニーでした(^-^)

そんなサラウンドスケープで踊ることは、実際の自然に包まれて踊ることとは、やっぱ違うなあ〜別物だなあ〜と感じています。


都会の庭でも、耳をすますと、たくさんの生きてる音が満ち溢れていて、聴いていて飽きません(^-^)

そんな時間って、なんだか贅沢な気分です(*^^*)


△Top

2009年04月26日

萌芽

先週末は、縄文の風を感じる諏訪ツアーに参加しました。


生まれは長野でも、子供の頃から神奈川で育ちましたが、両親の故郷の長野に帰省する度に、ワクワクしたものです。
車から八ヶ岳などの山々を見る度に、心が踊り天をも舞う気持ちになったものです。

大人になっても、長野へ行くと山々に心踊るのは変わりません。
でも昔ほど、素直にその気持ち良さを味わえていない気がしていました。


今回の旅では本当にタイミングよく、自然を大切にし続けてきた諏訪地方の文化と歴史に肌身で触れることができました。
石棒を祀るミシャクジ信仰の小さな祠たち、山々を祀った、自然信仰の跡に、温かく迎えて頂けたように感じました。

そしてガイドさんが親戚のおじさんに顔や話し方が似ていたり、声をかけてくれたおじいさんが父方のおじいちゃんに顔がそっくりで、びっくりしました。諏訪の方々に、そこはかとした繋がりを感じました。

そして諏訪大社に入って拝む直前に、父から電話が入りました。偶然って、ホントに不思議に感じてしまいます(^-^)


旅を終えた後の今、私の心の中で大切な萌芽が、起きているように感じます。


『人間を超えた存在を認識し、おそれ、驚嘆する感性をはぐくみ強めていくことには、どのような意義があるのでしょうか。自然界を探検することは、貴重な子ども時代をすごす愉快で楽しい方法のひとつにすぎないのでしょうか。それとも、もっと深いなにかがあるのでしょうか。
わちしはそのなかに、永続的で意義深いなにかがあると信じています。地球の美しさと神秘さを感じとれる人は、科学者であろうとなかろうと、人生に飽きて疲れたり、孤独にさいなまれることはけっしてないでしょう。たとえ生活のなかで苦しみや心配ごとにであったとしてもかならずや、内面的な満足感と、生きていることへの新たなよろこびへ通ずる小道を見つけだすことができると信じます。
地球の美しさについて深く思いをめぐらせる人は、生命の終わりの瞬間まで、生き生きとした精神力をたもちつづけることができるでしょう。

鳥の渡り、潮の満ち干、春を待つ固い蕾のなかには、それ自体の美しさと同時に、象徴的な美と神秘がかくされています。自然がくりかえすリフレイン—夜の次に朝がきて、冬が去れば春になるという確かさ—のなかには、かぎりなくわたしたちをいやしてくれるなにかがあるのです。』
(『センス・オブ・ワンダー』レイチェル・カーソン)

これから、もっともっと、生き生きとした精神でこの世界を駆け巡りたいです。

そして、今日は友人の写真モデルをしました。
メイクさんがインドネシアの島から来た、日本一年目の日本語が上手な方でした(^-^)
その方に舞踏の話や長野の自然やお祭りが素敵なんだとおしゃべりをしたら、目を輝かせて聞いてくれました。好奇心溢れる異国の方に、舞踏や日本の文化を、きちんとお伝えしたくなりました。

舞を通して、この世界に溢れるセンス・オブ・ワンダーをお伝えることができたら、と心は踊るばかりです(^-^)


△Top

2009年04月16日

春よ、来い

春がやって来るのを望み、自分のもとにやって来たと喜び、生きる力にする。
その繰り返しをしながら人は生き続けて来たのでしょうね。


ときどき、偶然みたいな顔をして、春のような出会いがやって来ます。
私の中から、とても素敵なことが花開く予感がします。


ふと入った喫茶店で、思い入れの強い音楽や、その時にダンスに使ってる音楽や、私に答えてくれてるように思える曲が流れたりします。


テレビをつけたら、まさに関心があったことが映っていたりします。


心の底から語り合える人に会いたいと願っていると、素敵な方に出会うことがあります。


他の人には、ただ耳をかすめた音楽でしかないかもしれない。ただ流れたテレビ番組でしかないかもしれない。ただ居合せた人でしかないかもしれない。

でも、人が人に伝えたいと心から願って発信したものは、時を超え場を越え、それを求める人にきちんと届く。


そんな、素敵な出会いがあればあるほど、私ももっと外に向かって踊りたくなります。


これから、これまで以上に、素敵な出会いを豊かにして、伝えたいことを豊かにしたい。そしてダンスにして出会いの環をより豊かに循環させ続けてゆきたいです(^-^)。


そろそろ小手鞠が満開の季節。
五月生まれの私は、子供の頃、小手鞠の開花が誕生日の訪れを祝ってくれているようで、とても嬉しい気持ちになりました。今年も小手鞠を見ると、嬉しくなります。(^-^)

△Top

2009年04月08日

怒りよりも、ダンス☆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『人を憎むよりも、許すって難しい。
特に虐げられたと感じる人は。
相手を恨まず、許すことが簡単であれば、ホントにいいのにな。』 

 
ってことを最近考えてました。というか昔からかですが


そんな折に映画『ミッション』(大航海時代、スペイン人に虐殺されたアマゾンの原住民と宣教師の実話)と、韓国の知人が演出した、ダムに沈んだ村人たちの葛藤劇の舞台(これは創作)を観ました。
『ミッション』も、韓国人の彼の演劇も、同じような思いが、込められているように私には感じられました。


そして、私はもっといいダンスがしたいって思いました(^-^)

発端や事情はさておき、人は怒りや恨みの感情でいっぱいになってしまったら、大変です。
堅く閉ざされた心の扉を開くには、油を差すみたいに、楽しいことや美しいことで身も心もウルウルにさせるよう、誰かがどこかで働き続けることって大事なんだろうなと思います。

そしてそれって、私にはダンスそのものだなあと、感じます。
日常の些細なことにいちいち心も体もこわばらせたり嘆いたり憂いてる暇が少しでもあるんだったら、ダンスしたいし、舞台でダンス楽しみたいし、観てくださる方々にもいいダンスを楽しんで頂きたいからね。

ダンサーって、ある意味で道化師だって思います。
たとえ日本に爆弾がぶち込まれたとしても、私は楽しく踊る体と魂を失いたくないって思います。

この世界で、悪を人を恨まずに生き抜くことは、難しいのかもしれない。
そして、たとえ刑罰をどんなに重くしても、悪がこの世から消えることは決してない。現に刑罰の制度がそれを証明してますよね。人がいる限り、悪もある。

かといって悪を許せば割を食い、敗者として大地に散りゆく埋もれゆくのかもしれない。
映画『ミッション』の宣教師や原住民たちみたいに。しかし、悪質な人間へ向けて憤怒の形相で死ぬのではなく、威厳と誇りを持って死にゆく彼等の勇気は、気高く感じました。
彼等は美しい至高の世界を作り上げたことに、自信と誇りと持って散っていったのだと思います。

そして・・・、結局は誰もが消えゆく身。
ならば、今という時の中で悪を恨み、悪を罰っするためや報復するために大切な命と時間を一時でも消耗することは、なんてちっぽけなことか・・・。

それに、恨みや怒りの感情は人としての前進や成長を止めてしまう落とし穴だとも思います。
実は、怒るほうが楽しくするよりも、生きるの楽だからね。深く考えた行為ではない。
怒りや憎しみの感情に我をまかせることは、大人げない安易なこと、案外、他人への甘えが潜んでいるのだと、思います。自分を棚に上げてるからね。

怒りや憎しみの感情が鬱積して人の体から発するものは、まるで淀んだ沼地に漂う腐臭のように私には感じるし、腐臭はさらに他の生命力あるものが寄りつかない、孤独を生むと思います。
そこからは、希望を感じられない。
そんな状態に鬱屈するよりも、私は、いつか、誰かが、思わず怒りや憎しみの武装解除してくれるほどの力を秘めたダンスを花咲かせるために、今を大切にしたいです。(*^^*)

天の岩戸を開いたのは、わざおぎだった。

これって寓話の世界だと軽くあしらえないなって、感じます。 笑う


あと・・・余談になりますが、『ミッション』冒頭、宣教師と原住民との、音楽を通しての心の触れ合いは、とても印象的でした。言葉の通じない相手に、気持ちを伝えようと音楽を奏でる。映画『
未知との遭遇』のワンシーンにも繋がる、素敵なシーンだなって思います。
そして、ひょっとしたら、昔、シルクロードを経てやってきた舞や音楽などの芸能の民は、日本に先住していた人々を魅了し、感嘆させたのではないか・・・などと、想いを膨らませてしまいます。
照れる

 

△Top

2009年04月03日

潮騒

『桜と熊野古道を歌う』
〜岡美保子の音楽で伝える歴史文化〜

ご来場のみなさまに、心からお礼申しあげます(*^^*)


昨夜は、本居宣長の歌、桜の下で、ひっそりと花を見ながら永遠の眠りにつきたい、という死の歌と、ヤタガラスの舞を舞わせていただきました。


感じるがまま、歌の波を体に染み込ませるように、即興で舞わせていただきました。
どちらの世界ともに、私の心と体の奥深くにあるものと共鳴するように感じました。
またいつか、舞わせていただけたら、とても嬉しいです。(^-^)


熊野、これまでは私にはとても遠い世界と思っていましたが、最近はゆく先々で熊野にまつわる出逢いがあります。
私には熊野の世界観がすべての日本人に繋がっているように感じています。


いよいよ桜満開です(*^^*)
週末は桜日和になりそうですね〜♪♪♪


△Top

2009年04月01日

コズミックダンス

春の嵐で雨宿り中です。

雷が轟くとワクワクします。(^-^)

子供の時、学校の窓から、龍のようにうごめく暗雲と雷を見上げて、心が舞い上がった記憶の断片があるのだけど、今も大して変わりません(^-^)

破壊と創造の力を感じるからかな…。

私の中のプリミティブな血が騒ぐからかな…。


雷が大地に落ちると、豊かに作物が育つと聞いたことがあります。


新聞では、新卒採用のカットの記事などが持ちきり、暗雲立ち込めていますね…

春の前ぶれの雷に、この地に人に豊穣をと、祈ってしまいます。

そして雷のように力づよく、生きたい踊りたいって思います。


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