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怒りよりも、ダンス☆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『人を憎むよりも、許すって難しい。
特に虐げられたと感じる人は。
相手を恨まず、許すことが簡単であれば、ホントにいいのにな。』 

 
ってことを最近考えてました。というか昔からかですが


そんな折に映画『ミッション』(大航海時代、スペイン人に虐殺されたアマゾンの原住民と宣教師の実話)と、韓国の知人が演出した、ダムに沈んだ村人たちの葛藤劇の舞台(これは創作)を観ました。
『ミッション』も、韓国人の彼の演劇も、同じような思いが、込められているように私には感じられました。


そして、私はもっといいダンスがしたいって思いました(^-^)

発端や事情はさておき、人は怒りや恨みの感情でいっぱいになってしまったら、大変です。
堅く閉ざされた心の扉を開くには、油を差すみたいに、楽しいことや美しいことで身も心もウルウルにさせるよう、誰かがどこかで働き続けることって大事なんだろうなと思います。

そしてそれって、私にはダンスそのものだなあと、感じます。
日常の些細なことにいちいち心も体もこわばらせたり嘆いたり憂いてる暇が少しでもあるんだったら、ダンスしたいし、舞台でダンス楽しみたいし、観てくださる方々にもいいダンスを楽しんで頂きたいからね。

ダンサーって、ある意味で道化師だって思います。
たとえ日本に爆弾がぶち込まれたとしても、私は楽しく踊る体と魂を失いたくないって思います。

この世界で、悪を人を恨まずに生き抜くことは、難しいのかもしれない。
そして、たとえ刑罰をどんなに重くしても、悪がこの世から消えることは決してない。現に刑罰の制度がそれを証明してますよね。人がいる限り、悪もある。

かといって悪を許せば割を食い、敗者として大地に散りゆく埋もれゆくのかもしれない。
映画『ミッション』の宣教師や原住民たちみたいに。しかし、悪質な人間へ向けて憤怒の形相で死ぬのではなく、威厳と誇りを持って死にゆく彼等の勇気は、気高く感じました。
彼等は美しい至高の世界を作り上げたことに、自信と誇りと持って散っていったのだと思います。

そして・・・、結局は誰もが消えゆく身。
ならば、今という時の中で悪を恨み、悪を罰っするためや報復するために大切な命と時間を一時でも消耗することは、なんてちっぽけなことか・・・。

それに、恨みや怒りの感情は人としての前進や成長を止めてしまう落とし穴だとも思います。
実は、怒るほうが楽しくするよりも、生きるの楽だからね。深く考えた行為ではない。
怒りや憎しみの感情に我をまかせることは、大人げない安易なこと、案外、他人への甘えが潜んでいるのだと、思います。自分を棚に上げてるからね。

怒りや憎しみの感情が鬱積して人の体から発するものは、まるで淀んだ沼地に漂う腐臭のように私には感じるし、腐臭はさらに他の生命力あるものが寄りつかない、孤独を生むと思います。
そこからは、希望を感じられない。
そんな状態に鬱屈するよりも、私は、いつか、誰かが、思わず怒りや憎しみの武装解除してくれるほどの力を秘めたダンスを花咲かせるために、今を大切にしたいです。(*^^*)

天の岩戸を開いたのは、わざおぎだった。

これって寓話の世界だと軽くあしらえないなって、感じます。 笑う


あと・・・余談になりますが、『ミッション』冒頭、宣教師と原住民との、音楽を通しての心の触れ合いは、とても印象的でした。言葉の通じない相手に、気持ちを伝えようと音楽を奏でる。映画『
未知との遭遇』のワンシーンにも繋がる、素敵なシーンだなって思います。
そして、ひょっとしたら、昔、シルクロードを経てやってきた舞や音楽などの芸能の民は、日本に先住していた人々を魅了し、感嘆させたのではないか・・・などと、想いを膨らませてしまいます。
照れる

 

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コメント (2)


佐和香:

私も、ともに何かをさせて頂く際に、相手の方と本当にたくさんの様々なことを対話します。

>芸術家の仕事は、この世の悪と闘うことではなく、この世の善の総量を増やすことだ

この言葉だけでは、他人からは偽善者だと即決されるような言葉ですよね。
でも、この言葉に至るまでに、たくさんの深くて楽しい豊かな対話があったのでしょうね。

対話&共演させていただけたら本当によかったなあ・・・。

どうも有難うございマス^^



I:

相手の言う言葉をまずは額面通りに信じて、相手と戯れることが奥義だと思います。
自分の芯がブレなければいいだけなので、相手を内心で疑ったり、必要以上に観察する必要も何をするにしても構える必要はありませんね。
女性の場合は勇気がいるのかもしれませんが、自分の規範があれば迷うことはない筈です。
環境に対して怒る必要はなく、いいところを探す方がいい時代な気がします。ただ問題意識は持ち続けていくことは大事ですね…
環境評論は作家がやればいいことで表方の表現者は自由に伸びやかに活動していくことが魅力的な筈です。


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