明日は福井県越前市、紙祖神の岡太・大瀧神社での紙のお祭りにて、奉納舞をさせて頂きます。
今年は33年に一度の式年大祭なのだそうです。
今回で39回、西暦719年から受け継がれてきた1290年目の大祭だそうです。
紙の祖神、川上御前は全国製紙業界の総鎮守だそうで、大正12年には大蔵省印刷局抄紙部にも御分霊を奉祀したそうです。
そしてこの神社はとても気が良いパワースポットでもあるそうです。
人や地域を元気にする、活性させる美しい場所に伺えることに、ワクワクです。
紙漉きを営む地元の方々が代々大切にお祀りし、精神のよりどころとしてきた、素敵な文化が根づいた場所で舞う機会を頂けるのはとても嬉しいことです。色々なことを吸収してきます(*^^*)
今週、キモチすっきりさせてから福井に行きたいなと思って部屋の掃除をしました。ふと手にとった川端康成『美の存在と発見』という本を開いて出会った、詩人タゴールの文章です。
大正5年(1916)来日の際の「日本の精神」という講演だそうですが、
『すべての民族は、その民族自身を世界にあらわす義務を持っています。何も現さないということは、民族的な罪悪と言ってもよく、死よりも悪いことであって、人間の歴史において許されないことであります。民族は彼等の中にある最上のものを提出しなければなりません。これはまたその民族の富である高潔な魂が、目の前の部分的な必要を越えて、他の世界へ、自国の文化の精神への招待を、送る責任を、自ら認める豊かさなのであります。』
『日本は一つの完全な形式を持った文化を生んできたのであり、その美の中に真理を、真理のなかに美を見抜く視覚を発達させてきた、そのことを、日本に再び想い起こさせることは、私のやうな外来者の責任であると思います。日本は正しく明確で、完全な何物かを樹立して来たのであります。それが何かであるかは、あなたがた御自身よりも外国人にとって、もっと容易に知ることが出来るのであります。それは紛れもなく、全人類にとって貴重なものなのです。それは多くの民族のなかで日本だけが、単なる適応性の力からではなく、その内面の魂の底から、産み出して来たものなのです』
大正、昭和、平成と時を経て今を生きる私には、こそばゆいキモチにも、私も外国人みたいだなってキモチにもなります。
日本に息づいてきた美を再発見して、しっかり感じて、舞える人でありたいなあって思います。




