韓国から戻り、思うことです。
韓国の人たちと舞台を作り、関係を深めて5年が過ぎましたが、今、ようやく落ち着いて関係を見つめられるようになった気がします。
やっと大人になった感じです。。
韓国と日本、文化の違い、民族の違いがあります。
好みやセンスの違いがあります。
だから、長くおつきあいをし、良い舞台を作り出してゆくためには、慣れ合いや妥協をしないで、
お互いに主張し葛藤をすることも、時に大切なんだろうな。
もう、お肉たくさん食べて喜んでる場合じゃ、ないんだな。。。
この先によい形に繋げるために、 もっと、自分しっかりしたいな。。もっとコミットしたいな。。
そのために、もっともっと成長したいです。
関係って、複雑で濃いものになって、ようやく、本当のいい関係に深まるんだろうな。。
猿楽を連想してしまうプンムル祭りが繰り広げられる富平(ブピョン)の地で、そんなこと考え、日本に戻ってきました。
ホントにいいお勉強させていただきました。。
それにしても、思い返してみると、4月5月は、濃ゆ〜い月日でした。
熊野古道や、本居宣長の歌にまつわるコンサートで「もののあわれ」や「ヤタガラス」を舞わせていただき、越前今立にて紙の神様の前で奉納舞をさせていただき、そして韓国にて韓国人とコラボレーションをさせていただいた・・・。
私の中で一筋の流れを感じています。
その流れは、私の血を騒がせます。
日本の地で芸能を発展させた人たちは、大陸を渡ってきた人たちなのでしょう。
紙、稲、養蚕、織物、磁器、お茶文化、芸能などなどの技術や文化を運んでやってきた人たちなのでしょう。
韓国の地も経由してきたのでしょう。
その渡来の人たちが日本にやってきて、日本の自然に出逢い、大地と触れ合い、四季に触れ合い、多様な人種とも触れ合い混ざり合い、「幽玄」や「わび・さび」の文化、精神を築き上げるに至ったのでしょう。
それは、人の力以上に、この日本の地に、自然に、四季に、えもいえぬ魅力があるからなのでしょう。
その思いを更に強くしてくれたのは、越前今立での奉納の旅をご一緒させていただいたスーザン・オズボーンさんや、川端康成の本との出逢いでした。熊野や、今立の山や神社や大きな杉の木、そして韓国で見たプンムルでもありました。
時分の花でしかない今の私は、何もないし、何者でもない。
でも今の時代に、日本で生きてることって、とっても幸せなことに私には感じられます。
この花はどこに流れてゆくのかしら・・・。
これからどう歩いて、生きて、踊ってゆこうかしら・・・。
胸も夢もイマジネーションも豊かに膨らませて、血の騒ぐ方へ向かってゆきたい。







