先週の日曜の富士山お掃除で出てきたゴミです。
こういう、自然の力が加わったゴミに遭遇することがある。
矛盾してますが美しいと感じます。
ワクワクしてしまいます。
そして、福井今立で鑑賞した、梅若六郎さんの能を思い出しました。
飛躍するようだけど、そうでもないって思います。
梅若さんは、必要最低限の緩やかな所作しかなされないのに、美しい。
ただ、佇む。
その姿に秘められ、その姿から流れ出し、観る者の心の奥底にまで溢れこんできてしまう、美。
それを表すのには、自然の流れ、時の流れに抗わずに寄り添うこと、自らのいま、生死の大きな流れの中での『今』に丁寧に向き合い、磨かれてゆくことが大切なんだろうな‥。
そしてそれは、我執のすりつぶしのような、厳しい作業にも思います。
そして単純にピュアであれば、清らかな世界にいれば、美しくなるわけじゃない。
綺麗事では済まされない、汚れた世界に身をおくほどに磨かれた力強い美にすら、私には感じます。
こういう出逢いが確実に今の私を、私のダンスを変化させている。
その変化の兆しは体の奥底からさざ波のように伝わってきます。
そして、次の稽古や舞台にワクワクしてしまいます^^。




