先週は新野の盆踊りに、従姉や父たちと参加しました。
子供の頃、母に新野の盆踊りや雪まつり(神楽)のことを聞いて、なぜだかどうしても行きたいと思いつづけてました。
大人になって、ようやく機会が巡ってきました。
願いが叶うタイミングってあるんだなって感じました。
はじめは一人で行こうかなとおもってたのだけど、一人で行くには田舎から近いので、黙って行くわけにも行かず、神楽も盆踊りも、従姉や家族といくという結果になりました。
そのためどちらも短時間しかいられなかったけれど、そういう形で行ったからこそ、気づいたことがありました。
一同輪に加わり、新野の人たちの見よう見まねで、ゆったりとした盆踊りをぎこちなく踊っていると、とっても温かい気持ちになりました。
みんな黙々と、踊り続けましたが、一緒に踊ることの温かさを感じました。
そして、盆踊りや神楽などは、その地域の人たちの繋がりを大切にするための、とっても大切な慣習だったんだなと、肌身に感じました。
文字も写真もインターネットも一般庶民は使うはずもない時代。
「繋がる」、「コミュニティーを維持する」ということを身体でもって大切にしていた時代。
その時代に、神楽や盆踊りや花火大会や秋祭りなどなど・・・様々な芸能が花開いていったのだと思います。
当時の人たちの心を受け止めること、もっと大切にして芸能に触れてゆきたいです。
そして・・・私は新野の人じゃないけどね、おじいちゃんがこんな話をしてくれました。
そして・・・私は新野の人じゃないけどね、おじいちゃんがこんな話をしてくれました。
おじいちゃんのおばあさんは新野出身で、おじいちゃんは昔、三時間の山道を歩いたり、荷馬車に乗って盆踊りや神楽に行ったのだそうです。
血が巡る、温かい旅になりました。
また、旅を終えて、あることにも、ふんわり気づきました。
子供の頃に見た夢のことです。
その夢は、本当のことだったとずっと思っていたほど、リアルでした。
季節は夏、私のひいおばあちゃん(おじいちゃんのお母さん)のお葬式の儀式をしている夢でした。
白装束をきたひいおばあちゃんの周りを、幼い私や家族や従姉やおばさんたちと、声を上げてグルグル回っている儀式でした。
あの夢が、私に何を訴えかけていたのか、わかってきた気がします。
でもこの夢、まだよくわからないことがあるから、これらかも大切にして前に進んでゆきます。
来週もまた旅をします。
今度はもっと奥深く、自分が踊る、人が踊るということの、根源を見つめる旅になりそうです。
そんなこと思いながら、先週知人の仁川にまつわる写真展に行ったのですが、突然、目に飛び込んできた写真がありました。
それは、仁川市江華島にある、支石墓でした。旧石器時代のもののようです。
江華島には2万基もの支石墓があり、韓国には慶州や金海など、いたるところで支石墓、見られるようです。
今度の旅でちょうど見たいと思っていたものの中に支石墓があります。
なんだか、ドキドキしてきました〜。





