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2010年01月 アーカイブ

2010年01月23日

1/28 &1/31 セッションご案内

来週のセッション、2件ごあんないです。

ご来場、心よりお待ちしてます ハート



その1
京都在住のドラマーでありデザイナーさんでもある、富家大器さんと初セッションです。
当日の空間的な展開が非常に楽しみです。
まだ何をするかは、わかりませんが、多分この一週間で、何かをしたくなりそうです。。 ペンギン


【2010年1月28日(木)20:00~(予定)】
『Taiqui×岡佐和香』@渋谷 Bar Isshee
場所:渋谷 Bar Isshee (渋谷区宇多川町33-13楠原ビル4F 080-3289-6913 渋谷センター街、クアトロの近く) http://ishee.at.webry.info/

料金:チャージ500円+ドリンク+投げ銭(終演後)
出演:TAIQUI (Drums)、岡 佐和香(舞踏)

富家大器(TAIQUI )-Drums http://ainsoph.jpn.org/http://tomiiedesign.jp/index.html
70年代後半、関西で最初の前衛パンクバンド“Ultrabide”で音楽活動を スタート。
79年に“あがた森魚”のアルバム「乗物図鑑」レコーディングに参加 後、 82年Bellaphonを結成。84年AIN SOPHに参加。その後現在もピアニスト の金澤美也子とのユニットなどのソロ活動や、セッションなど多彩に展開。




その2
清水一登さんとの「楽しいの◎んだふる」今回で10回目です 目がハート

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舞踏と音楽、それぞれのフィールドにおいて、その自由奔放な即興生の豊かさで知られる岡佐和香と清水一登の出会いから生まれたダンスと音楽の完全即興コラボレーション「たのしいの◎んだふる」、おかげさまで10回目になりました。

毎回素晴らしいゲストを迎え、新鮮で密度の高い即興表現が繰り広げられています。今回のゲスト・ダンサーは、女優としても活躍する平手舞さん、音楽の方はエレクトロニクスを駆使した奏法でおなじみの「火花散るチェリスト」坂本弘道さん、ゲスト、ホストともに、ダブル「美女と野獣」な組み合わせになりました。一体どんな展開になるのか、興味津々です。

お気軽に楽しんでいただけますよう、固定チャージ無しの「投げ銭システム」で、お代は観てのお帰りに「楽しかった分だけ」即興で! よろしくお願いします。

今回は日曜の午後、寒さの厳しい時期ですが、ホットなパフォーマンスでお待ちしてます。


ダンス+音楽「たのしいの◎んだふる」1月号(10回目)

★日時
2010年1月31日(日)
14時開場 14時半開演 16時半ごろ終演予定

★会場:
OrganJazz倶楽部
http://www.organjazzclub.org/
中野区沼袋1-34-4 B1F
*高田馬場から西武新宿線で8分沼袋駅徒歩20秒!
TEL: 03-3388-2040

★料金:
ドリンク(400円~) + チャージ(投げ銭)

★出演:
ホスト:岡佐和香(舞踏、他)+ 清水一登(ピアノ、他)
ゲスト:平手舞(女優、舞踏)+ 坂本弘道(チェロ、他)

★主催:POSEIDON

★問合せ:e-mail:yoyaku@poseidon.jp

★場所:高田馬場駅から西武新宿線8分、沼袋駅北口より徒歩20秒!
改札を出て右270度後方、花屋さんを左に,団子屋さんを右に眺めて道を進んで右側、焼肉屋さん「牛繁」のあるビルの地下1階。
天気が良ければ、JR中野駅から歩いても約20分。中野通りを北上、新井五叉路を斜め左に入って500mで沼袋駅です。

★出演者紹介:

平手舞(女優、舞踏)MAI HIRATE
モデルを経て萩本欽一に出会い、女優・タレントとして活動をはじめる。現在は幅の広い表現を追求するため、女優業のかたわら岡佐和香率いるダンス・ユニット=SouVenirでも活動中。

坂本弘道(チェロ、電子音響、のこぎり、ヴォイス)HIROMICHI SAKAMOTO
http://home.catv.ne.jp/dd/piromiti/index.html
エフェクター類を駆使し、果てはグラインダーでチェロから火花を散らすパフォーマンスまで、変幻自在な音作りで内外のシーンで活動するチェロ奏者。ノコギ リの名手でもある。80年代後半より数々のユニットに名を連ねてきた。一方、90年代中盤よりインプロヴァイザーとし てのセッションを精力的に重ねている。

岡佐和香(舞踏)SAWAKA OKA
http://www.sawaka.info/
大野一雄との出会いから舞踏の世界で研鑽を積み、芝居、生け花から剣舞まで、様々なスタイルを融合させて独自の世界観を持つダンスを踊る。即興やライヴ・ミュージックに鋭敏な感覚で呼応し、ジャンルを超えたイベントにも積極的に取り組んでいる。

清水一登(ピアノ、他)KAZUTO SHIMIZU
http://www2u.biglobe.ne.jp/~gaspard/artist/arepos/index.html
「怪物」と畏怖される特異な才能を持つ音楽家。特有の切れ込みの鋭い演奏で複雑な楽曲もあっという間に聴かせてしまう。類まれな即興性とも相まって、強烈な存在感を放つ。近年は従来の緊張感に加え、音をより自由に楽しむ自在な境地を拓いている。

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"like Cure like"(類は類を癒す)

類が友をよび、どんどん自然と繋がっていっちゃう。

こういうことって、どうもあるみたいですね。

今週はそんなことを感じた出来事が結構ありました。


昨日は、ダンサー同士の集まり第1回目、やりました。

ジャンルとわず、ダンスしていると幸せになれる人たちがあつまって、体動かして、飲んであつく語るってのは、気持ちよいことです。


緩やかな関係性がこれから自然体でうまれるよう、ゆるーく進めていけたらいいなって思います。

次回は、、2月が会場とれず・・・、3月21日夜18時~、梅丘地区会館を考えてます。

また改めてご連絡しますっ。

 

 

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2010年01月21日

悪魔だ悪人だ悪運だなんて、調子のっちゃうとさ

創作がひと段落して、しばらくぶりに、気持ちリフレッシュ中です。
そんな時はしぜんと、大好きな音楽ききまくってます。
同じアルバムを飽きそうなくらい聴いてますが、飽きません。。
飽きるというよりも、やる気がチャージされてゆく感じです。


今日気づいたんだけど、普段聴く音楽と、ダンスする時の音楽って、全然違うです。聴く曲、かなりはっきり区別してます。
創作期間外は、ダンスで使った音楽を聴くと、あーもういいや聴きたくないって感じます。

踊る時と、踊らない時、頭や体や心の状態、確実に違います。
あるいみ、別人格です。が、それが変だとは、まったくもって思ってないんだけどね。

それが、私という人だと、思ってるからね。


昨日はTVで、悪魔に取り付かれた西ドイツの女の子の実話、やってましたが、別人格になるということは、
外からなにかが取り付くということじゃ、本当はないんだよね。

あくまでもその人の内部で起こる、生命体一個体の中で起きている働き、現象なんだと思います。
大本は、脳みそや神経、あとは遺伝子などかな、そういったものがそうさせていると感じます。
取り付いているんだなんて、調子乗っちゃうとさ、命すら落とすんだよね。

それは、演劇メソッドなどを経験していれば、分かることです。
思い込みが人体に起こす影響があってこそ、芝居が成立するからね。
特訓すれば、人は箸が落ちたのを目にしただけで、笑うことも、泣くこともできるからね。
そして、自分のメンタル弱ければ、虚の世界に溺れてしまうこともあります。

そして、芝居とか経験したことない場合は、さらに事件にまで発展する。
思い込みの強い人が現実に起こしてしまう「別人格」に対する「素人」判断が、命を絶つほどの悲劇、起こすんだと感じます。

特に「悪魔」や「悪」という名の下の、人の思い込みほど、恐ろしいものはないです。


だってさ、その女の子の口を通して名乗りを上げた6体の悪魔は、ルシファーや、ヒトラーやら・・・ぜーんぶ全部ヨーロッパ圏内出ていない。なんで、キリス ト圏内のものしか出てこないんじゃい?
!って、感じちゃうんだよね。
それは、思い込みだろっ!て突っ込める人が周囲にいなかった・・・。精神科医も断言できなかった・・・。
悲劇ですが、地域的に、文化的に、起こりえてしまった仕方ない悲劇だともいえるのだとも思いますが・・・。やはり、無念なことです。

キリスト教圏外の人であれば、瞬時にああこれは、キリスト教圏内の共同幻想をその女の子が真実と思い込み、エスカレートして、妄信してしまった結果なんだと察することができる人がいるのだと思うのだけど・・・。

もし、アフリカやら、アジアやら、アメリカ大陸やらの、どっかの部族の鬼だとか、殺人者だとか、犯罪者だとか、その子が本当に知らない存在が、その子の口から名乗りを上げたら、これは複雑怪奇な現象です。

てんかんの症状があったと言うその女の子の、「なんで自分だけ不運にもてんかんをわずらってるのかしら?」「もしかしたら自分はなにかに取り付かれているから、てんかんを起こすのでは?」という強い不満や恐怖や恐れが、悪い形でキリスト教圏の「悪魔」の概念とリンクしてしまって、彼女の身体の症状として「悪魔」として現実化してしまっていたとしたら・・・。と私は考えてしまいます。

特に思春期は思い込みの激しい時期。
彼女の体内に起こる症状を、自発のものと受け止めることが、どうしてもできなかったなんじゃないかと感じます。

そしてさらに、その思い込みを真に受け止めた大人たちがいたから、現象がエスカレートして悲劇が起きてしまったのではと感じてしまうのだけどね。
基本的に、ヨーロッパを席巻した魔女狩りの構造と同じなんだろうな・・・。


人は、陽の思いよりも、陰の思いのほうが、実現しやすい。
そして、悪いこと、まずいことは、自分以外の責任や原因に転嫁したほうが、楽になると思い込んでしまいやすい。
誰だって苦しい状況は嫌だし、早く、楽になりたいからね。
臭いものは蓋。汚物はトイレに流してしまえっ。というような感覚に近い・・・かな。


特に、今のご時世みたいに不景気やら、災害やら事件やらが立て続けにニュースで続くと、個人個人の心が暗〜くなる。
陰パワーに流されたほうが、人はぶっちゃけ、楽だからね。
そんなご時世に元気に笑顔でいるのは、なかなかなパワーが必要だからね。

でも、自分たちが悪魔だとか、悪運だとか、外の要因にしたいものは、実は自分の内面にだってある。
それとどう、向き合って、付き合うのか、自分で考えて、対処して、今を楽しく生きるにはどうしたらいいかを試行錯誤しながら、生きてゆくしか、すべは本当は無いんだと思います。

タイミングよく、昨夜はぼんやり見ていたテレビで遭遇してしまったなあと思いますが、「悪魔祓い」に代表される、「善と悪」という二項対立の物事の捉え方は、ずいぶん浅はかな対処法だなあって、私はどうしても感じてしまいます。
そうではなって、「己に陰と陽が混在している」と受け止められるオトナな考え方が、やはり生きるうえで大事なんだろうなって、改めて感じます。
だから、法然上人から発した、「罪悪深重の衆生」「妄想顛倒の凡夫」っていう己の捉え方、共感します。


と思いながらテレビつけたら「科学忍者隊ガッチャマン」、やってました。
ギャラクターの首領ベルク・カッツェをガッチャマンたちが追い詰めて、これでもう逃れられないぞと思ったとたんに、幻覚が起きて、逃げられてしまう。
ガッチャマンたちが、これは自分たちの中に起きた幻覚なのか、総裁Xの仕掛けた魔術なのか、と思い悩んでいる姿が、面白かったです。
ガッチャマンが放映された当時と、今、実は人の心ってあんまり変わってない。
幻覚が本当じゃないと、当たり前のように感じる時代に結局なってないんだよね。

幻覚を現実と、悪は自分の外にあると、今ある悪い状況は自分のせいじゃないと、信じこめば、悲劇が起きやすい。
そう思って他人や社会をを責め立てて憤慨している時間帯は、全然、自分で自力でなにかしているクリエイティブな時間帯ではないからね。
あるいみ、この世で自分自身に与えられた、生きている時間を無駄にしていて、もったいない。

そんな風に、感じます。

というわけで、そろそろリフレッシュ終了です〜。

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2010年01月14日

産みの苦しみ&1/17(日)舞台ご案内『水の縄、煙の巡り』

今日、リハを無事終えましたー

今回はほんっとに、悩みましたぁ〜選曲。。

使いたい曲は使えず諦めたり、ツタヤで終電ぎりぎりまで曲探しもしたり、時間をやり繰りしてできることはやってみた感じでです。。

時間切れってことで、構成も固めて、ひとまずひと段落です。。。


でもね、今できる限りのことを、やるってこと、最後まで諦めないってことが大事だなって、改めて教わった感じです♪

ということで、今週末、新人として再スタートします〜。


今週日曜夜七時半から、神楽坂ディープラップでソロ作品を発表致します。
先月発表いたしました水煙土器に関する作品『水の縄、煙の巡り』を、リメイクいたしました。
 
今回は生演奏ではなく、既成曲を苦心の末編集いたしました。
エンディングが変わりましたが、結果として、作品の全体像が見え始め、可能性が更に膨らんでまいりました。

ぜひお立会い頂ければ、幸いです。
ご来場、心よりお待ちしております^^

 

【2010年1月17日(日)19:30〜】
ダンスがみたい!新人シリーズ8(3組が各30分の作品をご披露します)
F Group :岡佐和香 小山綾子 藤井友美/水越朋
会場 die pratze(神楽坂駅より徒歩約8分)
http://www.geocities.jp/kagurara2000/
T&F 03(3235)7990
新宿区西五軒町2-12
チケット:前売り/当日¥2,300 (Student¥1,800)
ご予約:info@sawaka.info

△Top

2010年01月05日

研ぎ澄ます道のり

年末や年明けは、必ず風邪やインフルエンザになってたんだけど、今年は
病になる気配なしです。

おおきな理由は、冷え性が改善されたからな気がします。。

去年足裏マッサージの先生に出会って、毎月疲労で体が固まる度にかけこ
んでたんだけど、ケアを重ねるごとに、手足の冷えは改善されて、しぜ
ん、キモチもおおらかになった気がします。

病は気から、がまず先かもしれないけど、改善するには、気から、より
も、体からの方が自然と快方に向かう気がします。

今年は、もう一段進みたいです。先生にばかり頼らずに、自分でもマッ
サージとかを身につけてより充実した毎日、送ろうと思います。


そして、創作もね、より良い方向に進みたいです。

今日から作業開始。まずは17日の音作りです。ひとまず仮で組み立
てましたが、これからビルドアンドスクラップです。

生音でないと、ほんとやる気しないのだけど、それは乗り越えないとだな
あと感じてます。少し大人になれました。。

縄文鼓のCDをただいま聴いてます。土取利之さんのものですが、柔
らかい響きに学ぶこと多いです。

土器の太鼓を再現し、叩くに辺り、とても優しいココロモチだったのだろ
うなあと、感じます。

私も毎回の舞台を、もっと大切にしようって、聴いてて思います。。

創作って、プロセスが楽しいから、楽しいんだなって、改めて気づかされ
てる年明けです♪

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2010年01月04日

★TELE☆VISION★

あけましておめでとうございます。
今年もどうぞ、よろしくお願いいたします。
元旦に葛飾柴又の帝釈天さまにおまいりに。。
今年も旅して踊って生きて、参ります。

おみくじは、生まれてこのかた初めて・・「凶」引きましたけど、そんなもの吹っ飛ばして、今年も楽しく冒険しちゃいます。

『「庚申まいり」の江戸の人びとが灯をかざして通い来たこの道につながれば、病即消滅・不老不死!
修羅の巷をめぐりながら、救いの御手を垂れた、あの日の板本尊・帝釈天。そのあらわれの日の「庚申」は常に新しい生の「更新」でもあったのだ。
帝釈天題経寺山主 望月日翔』

なんだか、こういうのってのは、信仰を超えて、個人個人の心身の健康それ自体にとっても大切な気がします。。。
寒かろうが毎年毎年の始まりに体を運んで初日の出を拝み、禊する慣習や智慧って、今の時代になって余計に感心しますです・・。



正月3がにちは、の〜んびりでした

お正月は何もしないのが大好きです☆

番組表見ないでリモコンピコピコしてテレビ観ているのが大好きです。



偶然なタイミングで、新年のブラウン管に映し出されたことって、結構この一年に響いちゃいそうなくらいドキドキな出会いが多いです。



今年はたくさんありすぎて、テレビの前で大人しくしながらも胸の中は少女状態でした。



が、特に胸を打ったのは。。。



その1:泉谷しげるさんの「課外授業」。

母校を訪問して中学生たちに「自分の嫌いと対面」させる授業。。いいなあと思いました。


私もこの世の中の、この日本の、政治、経済、社会、会社、学校・・・に深く根っこ張っちゃってる、ありとあらゆる社会制度の歪みや、それを助長する人たちが大嫌いだし、世の中の趨勢や流行に流されて、諦めたまま生きたり、迎合して盲信して無理に前向きに生きるのも大嫌い。ですが、大嫌いに向き合うの、大好きです。



今年もたくさんの自分の「嫌い」に向き合って成長します〜。

外の世界の「嫌いなもの」って自分の内心や弱さをも映し出す鏡ですからね。。

まずは初舞台ですけど。。。


その2:は、これでしたっ

「喜左衛門井戸」茶碗 
朝鮮・李朝時代(16世紀)
大井戸茶碗・喜左衛門(きざえもん)(国宝)
京都・孤蓬(こほう)庵 口径 15.5cm




秀吉が朝鮮出兵時に朝鮮にて発見し、茶人が愛した「美」。

それは当時のご当地の人々が日常茶飯事に使っていた、ふつーの器だった。



この茶碗は、青磁や白磁など美しい磁器のほうが人気だったご当地では、やがて捨て去られてしまった。

つい最近まで、この茶碗が焼かれた窯すら分からなかったようです。




ところが、海を隔ててた国では国宝になってしまうほど、この茶碗こそ美しいと認識し、大切にしつづけた。



この渋くて歪な茶碗にたてた茶の緑の鮮やかなこと・・・。

他の道具や茶室という空間に対して、自己主張せずに調和する「突出しない美」であること・・・。


秀吉の慢心から出兵して刀を振り回し他国の人を殺したことは、決して褒めれない大罪なことですが・・・。

大罪の鏡あわせに美の発見があったこと、そもそも武士が人殺しに赴く前にたしなんだ茶という、ゆゆしき和の文化に一筋縄にいかないこの世の矛盾を感じます。

が、それは置いておいて・・・。


「あるがまま」この自然や世界や宇宙と一体化した存在であるときこそ、美だと、ぴんっと感得してしまうセンスって、やはり日本人のもつ素晴らしい力だと感じます。

そして、そのセンス、実は、平安貴族の雅な文化が終焉し鎌倉室町を経て下克上まで起きてしまって、武士の土臭く血なまぐさい戦国の時代に突入したからこその、土着的な審美眼が復活した故でもあったんじゃないかって、なんだか感じます。


貴族文化を経たゆえに、形は洗練して変われども、どうも、深層には、とてーも野性的で古来の日本人的な美的なセンスの焔が燃えているように感じられます。

つまり、、水煙土器にも通じるような。
井戸茶碗のゆがみと、器の下部の凸凹がね、縄文土器観てるのと同等にドキドキしてしまいますし・・・。

そして、茶室という小宇宙に集う者たちが目にする、茶釜から発つ湯煙・・・。

どうも、私には湯立て神楽までをも連想してしまいます。。。

ついでに室町時代後期から流行しはじめ、江戸時代隆盛を極めた兜も。。。。
兜が無駄にデザインが凄くなるってのは、やっぱ、すごいし、『越後の虎」
上杉謙信の兜(上の写真)、やはり越後から出てきた火焔土器、思い出します。



このドキドキを、引き続き大切に、次の舞台につなげてゆきます♪

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