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悪魔だ悪人だ悪運だなんて、調子のっちゃうとさ

創作がひと段落して、しばらくぶりに、気持ちリフレッシュ中です。
そんな時はしぜんと、大好きな音楽ききまくってます。
同じアルバムを飽きそうなくらい聴いてますが、飽きません。。
飽きるというよりも、やる気がチャージされてゆく感じです。


今日気づいたんだけど、普段聴く音楽と、ダンスする時の音楽って、全然違うです。聴く曲、かなりはっきり区別してます。
創作期間外は、ダンスで使った音楽を聴くと、あーもういいや聴きたくないって感じます。

踊る時と、踊らない時、頭や体や心の状態、確実に違います。
あるいみ、別人格です。が、それが変だとは、まったくもって思ってないんだけどね。

それが、私という人だと、思ってるからね。


昨日はTVで、悪魔に取り付かれた西ドイツの女の子の実話、やってましたが、別人格になるということは、
外からなにかが取り付くということじゃ、本当はないんだよね。

あくまでもその人の内部で起こる、生命体一個体の中で起きている働き、現象なんだと思います。
大本は、脳みそや神経、あとは遺伝子などかな、そういったものがそうさせていると感じます。
取り付いているんだなんて、調子乗っちゃうとさ、命すら落とすんだよね。

それは、演劇メソッドなどを経験していれば、分かることです。
思い込みが人体に起こす影響があってこそ、芝居が成立するからね。
特訓すれば、人は箸が落ちたのを目にしただけで、笑うことも、泣くこともできるからね。
そして、自分のメンタル弱ければ、虚の世界に溺れてしまうこともあります。

そして、芝居とか経験したことない場合は、さらに事件にまで発展する。
思い込みの強い人が現実に起こしてしまう「別人格」に対する「素人」判断が、命を絶つほどの悲劇、起こすんだと感じます。

特に「悪魔」や「悪」という名の下の、人の思い込みほど、恐ろしいものはないです。


だってさ、その女の子の口を通して名乗りを上げた6体の悪魔は、ルシファーや、ヒトラーやら・・・ぜーんぶ全部ヨーロッパ圏内出ていない。なんで、キリス ト圏内のものしか出てこないんじゃい?
!って、感じちゃうんだよね。
それは、思い込みだろっ!て突っ込める人が周囲にいなかった・・・。精神科医も断言できなかった・・・。
悲劇ですが、地域的に、文化的に、起こりえてしまった仕方ない悲劇だともいえるのだとも思いますが・・・。やはり、無念なことです。

キリスト教圏外の人であれば、瞬時にああこれは、キリスト教圏内の共同幻想をその女の子が真実と思い込み、エスカレートして、妄信してしまった結果なんだと察することができる人がいるのだと思うのだけど・・・。

もし、アフリカやら、アジアやら、アメリカ大陸やらの、どっかの部族の鬼だとか、殺人者だとか、犯罪者だとか、その子が本当に知らない存在が、その子の口から名乗りを上げたら、これは複雑怪奇な現象です。

てんかんの症状があったと言うその女の子の、「なんで自分だけ不運にもてんかんをわずらってるのかしら?」「もしかしたら自分はなにかに取り付かれているから、てんかんを起こすのでは?」という強い不満や恐怖や恐れが、悪い形でキリスト教圏の「悪魔」の概念とリンクしてしまって、彼女の身体の症状として「悪魔」として現実化してしまっていたとしたら・・・。と私は考えてしまいます。

特に思春期は思い込みの激しい時期。
彼女の体内に起こる症状を、自発のものと受け止めることが、どうしてもできなかったなんじゃないかと感じます。

そしてさらに、その思い込みを真に受け止めた大人たちがいたから、現象がエスカレートして悲劇が起きてしまったのではと感じてしまうのだけどね。
基本的に、ヨーロッパを席巻した魔女狩りの構造と同じなんだろうな・・・。


人は、陽の思いよりも、陰の思いのほうが、実現しやすい。
そして、悪いこと、まずいことは、自分以外の責任や原因に転嫁したほうが、楽になると思い込んでしまいやすい。
誰だって苦しい状況は嫌だし、早く、楽になりたいからね。
臭いものは蓋。汚物はトイレに流してしまえっ。というような感覚に近い・・・かな。


特に、今のご時世みたいに不景気やら、災害やら事件やらが立て続けにニュースで続くと、個人個人の心が暗〜くなる。
陰パワーに流されたほうが、人はぶっちゃけ、楽だからね。
そんなご時世に元気に笑顔でいるのは、なかなかなパワーが必要だからね。

でも、自分たちが悪魔だとか、悪運だとか、外の要因にしたいものは、実は自分の内面にだってある。
それとどう、向き合って、付き合うのか、自分で考えて、対処して、今を楽しく生きるにはどうしたらいいかを試行錯誤しながら、生きてゆくしか、すべは本当は無いんだと思います。

タイミングよく、昨夜はぼんやり見ていたテレビで遭遇してしまったなあと思いますが、「悪魔祓い」に代表される、「善と悪」という二項対立の物事の捉え方は、ずいぶん浅はかな対処法だなあって、私はどうしても感じてしまいます。
そうではなって、「己に陰と陽が混在している」と受け止められるオトナな考え方が、やはり生きるうえで大事なんだろうなって、改めて感じます。
だから、法然上人から発した、「罪悪深重の衆生」「妄想顛倒の凡夫」っていう己の捉え方、共感します。


と思いながらテレビつけたら「科学忍者隊ガッチャマン」、やってました。
ギャラクターの首領ベルク・カッツェをガッチャマンたちが追い詰めて、これでもう逃れられないぞと思ったとたんに、幻覚が起きて、逃げられてしまう。
ガッチャマンたちが、これは自分たちの中に起きた幻覚なのか、総裁Xの仕掛けた魔術なのか、と思い悩んでいる姿が、面白かったです。
ガッチャマンが放映された当時と、今、実は人の心ってあんまり変わってない。
幻覚が本当じゃないと、当たり前のように感じる時代に結局なってないんだよね。

幻覚を現実と、悪は自分の外にあると、今ある悪い状況は自分のせいじゃないと、信じこめば、悲劇が起きやすい。
そう思って他人や社会をを責め立てて憤慨している時間帯は、全然、自分で自力でなにかしているクリエイティブな時間帯ではないからね。
あるいみ、この世で自分自身に与えられた、生きている時間を無駄にしていて、もったいない。

そんな風に、感じます。

というわけで、そろそろリフレッシュ終了です〜。

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