書作品、半年がかりでゴールにたどり着きました。
割り箸の角でモクモクと繊細な文字を書き上げるのは、気が遠くなりそうでしたけど、続けた分だけの力がついた気がします。
でもね、半年かかったのに、出展作品は〆切の2〜3時間前に一気に書き上げたものが多い感じでした。。
地道にコツコツ、よりも、結局ギリギリになればなるほど、やる気がスパークします〜。
作品は来月19(金)〜30(火)まで、浅草橋マキイマサルファインアーツ2Fにて『さまざまな書のカタチ』展にてご覧いただけます。
改めてご案内させていただきます。
これから作品に押す落款をつくり、ディスプレイを考えるのに悩む日々になりそうです。。。
そして書展の初日、19日には、福田祥洲先生の新作「十字路ーCrossroads」を前に、ドラムの鷹家剛志さん、狂言師の原斗轟さんと共に、即興でパフォーマンスをさせていただきます。
「非連続の連続」がテーマです。
今、舞踏家として、私に突きつけられるにはちょうどよいテーマです。
そして先生の書と出会ってちょうど3年目でもあります。
3年前の私は、体の故障で踊れなくなってしまった真っただなかでした。
先生の書を観ていて、書を書きたい、という以上に、もっときちんと踊りたいという気持ちが沸いてきたのでした。
だからこそ、出会いに感謝して、思う存分の力を発揮できるよう、あと1ヶ月を充実させて過ごしたいです。
そして・・・、更に書に臨もうと思います。
初めての作品を終えたその先には、王義之の書が待っていた感じです。
魏晋南北朝時代から今日にいたるまで受け継がれてきた書のカタチに決定打を与えた天才、世界でもっとも優れた達人の書のカタチにこめられたものを紐解いてみると、ウィキペディアなんか、及ばないです。
書にこめられた表現の力、一見では分からなくとも見えなくとも、じっくりと紐解いてみると膨大な情報量です。
それが感じられなければ、分からなければ、そして表現できなければ、まだまだ未熟なのだと痛く感じます。
当時、王義之の書、最新テクノロジーだったとも感じます。
現代に至るまで脈々と受け継がれ生き残ってきたそのカタチには、生き残っただけの力が秘められているんだと臨書してみても感じます。
でも感じるだけじゃなくって、少しでも吸収したい。
その上で「非連続の連続」の十字路に立たせていただこうと思います。
これからが本当の意味での書の道のはじまりなのね、としみじみ感じてます。
が、まずはその前に、明日は十日町の雪まつりを観にいって、おいしいお酒を飲んできます♪






コメント (2)
宮本ちょろまつ晃介:
「書く」・「描く」道具は、身の回りに沢山ありますね。割り箸を鉛筆のようにナイフで尖らせて、絵の具(または墨)を浸けて軽く線を引くと、筆にもペンにもない、素朴な線が描けます。先っちょは尖っているけど、木だからミクロの視点で見れば筆と同じものです。
私は、花びらや葉をすりつぶした液体を絵の具として使うことがあります。
投稿者: 宮本ちょろまつ晃介 | 2010年02月22日 03:44
佐和香:
コメントありがとうございます。
そうですね。いろいろなもので書く・描くことができますね。
指先でもね。
何かを書きたい、描きたいという気持ちは、人だからこそ、なんでしょうかね。
でも絵をかけるチンパンジーとかオランウータンとかもいますね。
>花びらや葉をすりつぶした液体を絵の具
それは素敵ですね。
いつか見てみたいです~
投稿者: 佐和香 | 2010年02月23日 10:20