先日金曜は、福田祥洲先生のこちらの書の前で、ドラムの鷹家剛志さん、狂言師の大和座:原斗轟さんと共に、舞わせて頂きました。
http://www.shoshu.jp/exhibition/2010sumisekai/sumisekai2010.html
「 十字路 -Crossroads- works01」 祥洲自家製墨+馬毛筆+中国画仙紙
ビニールに貼り付け 作品サイズ 約130×215cm ビニール全体サイズ 約131×240cm
現代は単に伝統の時間軸的数直線の上にあるのではない。
伝統は、常に現代(いま)と交差している。
その十字路(交差点)が次々と途切れることなく現れて
この連続により、伝統は古より永きにわたり受け継がれてきた。
伝統と交差する・・・その十字路に立って
自らの進むべき道を探し続ける。
書の世界において「一」を書くものは、死を意味するそうです。
すでに福田祥洲先生は「一」の作品を書いてしまっていた。
そして、今回、「一」の上に「|」が加わった、「十」の字が新作となって掲げられていたという経緯。
それは、「前人未到」の世界に突き進んだ、ということを意味します。
そんな作品の前で、私は一体何ができるんだろうか、と、直前に頭をめぐらしてみました。
が、その時に、私の中で、何かがひらめいた感じでした。
ちょうどその前夜、以前私の公演にご出演いただいたヴォイスパフォーマー福岡ユタカさん主催の石見神楽イベントに足を運んでいたのでしたが、そこで流れた、神様からのお告げ、託宣を聞く儀式の模様が思い浮かんだのでした。
そこには、舞台となる神楽殿にて、頭上に注連縄が一本、張られていました。
託宣を受けるものは、トランス状態になると、その注連縄をつかみ、超えようとする。
しかしその注連縄を超えたら、「死ぬ」、と言い伝えられているそうです。
なので、その者が「一線」を越えないように、周囲のものが抱きついて必至で引き止める。
でも物凄い馬鹿力だから、何人もの大の男が総がかりでその一人の者にしがみつく。
そんな模様の映像をちょうど前夜に見ていたのでした。
芸能も、アートも、「一線」を越えるということが、真髄なのだと、私の中でクロスした瞬間でした。
福田祥洲先生に、心から感謝です。
そして、素晴らしく晴らしくエネルギッシュなドラムを演奏いただいた鷹家さん、そして狂言という重厚な型の世界を飛び越えて見事に即興でアレンジなされた原さん。
皆様と共に、素敵な体験をさせていただき、心から感謝しています。
ちなみに・・・。
今日もこれから15時〜17時くらいまで、在廊いたします^^
ご来場、心からお待ちしてます〜。





