☆盆踊りの効能☆
今回は民謡で創作ダンスもするし、即興もするし、
そして盆踊りもします。
民謡だし、夏だしね☆
でもね、盆踊りといえば、「死者」をお迎えする「お盆」の踊り。
死者をお迎えしてなぜ現世の人が踊るんだろう??
それは、見えない死者と一緒に踊って、楽しんでもらって帰ってもらう。
そんな「おもてなし」でもあるのかしらね。
そして、
「死者」と「生者」が一緒に踊る
その言葉は大野一雄先生がよくおっしゃっていましたが、
舞踏と盆踊り、深い繋がりがあったりします。
そしてそして、盆踊りにはそこに「性」も絡んでくる。
それは今の時代だとクラブやレイブとかでダンスするのとあんま変わんないのだろうけどね。
そしてそしてそして、去年、家族と一緒に新野の盆踊りに参加したけど、従姉の子供たちや、70の父も交えての輪になっての盆踊りは、和気あいあいと心が通い合ったした、ほんわか楽しいひと時でした。
こうやって書いてみると、盆踊りって、お薬みたいな気がします。
「踊る」ことで「もたらされる」「賜る」ことって、結構あるなって思います。
「言葉」を介せずに、「頭」の電源をオフにして、体張って踊ることで、返って「言葉」や「頭脳」や「力」を行使する以上のミラクルなハプニングがもたらされる。
だからダンスって、「技術面」や「芸術面」や「自己表現」や「自己満足」のような面のみで捉えないほうがいいなって思います。
日本人はもともと口下手。自己表現下手。
だから「盆踊り」は「人と繋がる」とっても大切な一大イベントとして誰もが大切にしていたんじゃないかなって思います。
そこには歌や太鼓や三味線や・・・お囃子があってドンドンとエネルギッシュに人々を鼓舞させていた。
「ドンドコ」「ピーヒャラ」って囃隊が村や町のシャイな人々のやる気や元気を囃し立てるお役目を果たしていたんだろうなって思います。
それが、日本人の作り上げた芸能に潜む「智慧」だったのかなって思います。
そして、、、
サッカーを見ていると、「チームワーク」と「フットワーク」が粘り強いチームほど、「強い」んだよね。
その「強さ」、今の日本人は完全になくしてしまっている状況なのでしょうね。
そもそも国民性からも、日本人が自己努力や自己研鑽など個人の努力で取り返すのは難しいのかもしれない。
人と人が集まって寄り合った結果に花開く「智慧」なくしては、取り返すことはできないのかもしれない。
そんな風に思います。





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