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2010年08月 アーカイブ

2010年08月31日

宝島への羅針盤たち

今日も

大切な打ち合わせが

ひとつ

終わりました。

考えて

考えて

考え抜いたと思って

たどりつくのは

ひとりでは

考えも及ばなかったり

考えたけど自信なくて避けてしまった

その地点。


我考えたり

思ったり

しっかり

できてこそ

人と

人と

人と

人との間に


皆が向かいたいと願う

方向が

生まれる。


そんなことが起きる

この世界は

宝島みたいに

私には感じます。


宝物

探すのも

地図つくるのも

私たちなんだけどね。


そんなの

矛盾してて

素敵です。

△Top

幻の女

幼いときに住んでいた所の近くに


神社がありました。


そこは横浜金沢区。


朝比奈の切通しの付け根に坐しますような


山の中の神社。


そこは祠が


なぜだか石の急な階段を隔てて2つあったと思います。



幼い私は


その神社がなぜか大好きで


なぜか


そこには


白い着物をはためかせた


女性が


その石段を行き来して


守っているように


感じたものです。




その鳥居にだったかしら



足が三本の烏が守り神として



描かれていることは



その地を離れて



大人になってから



知ったことです。





そこは「くまのじんじゃ」というんだよ


と小さかった私は


母から教えてもらったのだけど


なぜだか「くまのじんじゃ」という響きが


好きだなあと感じたことを覚えています。




いざ鎌倉へ向けての


ライフラインの切通しを守るために


鎌倉幕府が


たしか


熊野神社を


勧請したと


本で読んだ覚えもあります。


近くの海岸


六浦からの


塩の道でもあったと


読んだ覚えもあります。





今日はピンクリボン運動in和歌山 の打ち合わせでした。


今の不景気な時代に


こういった活動をすることは


とても大変なことです。


主催の皆様の


大変さ


ご苦労を


身に染みて感じます。



そして、今の時代だからこそ


「再生」の地、熊野から


生きるために大切なことを発信しなくてはならない


このキャンペーンを熊野から発信しなくてはとの


九鬼宮司の熱い思いも


身に染みて感じます。 ピンクリボン



このキャンペーン期間中は


熊野本宮のおみくじは


ピンクになるそうです。


こちらは、熊野原人の会の理事長でもあり、

筑波大の乳癌治療の先生でもある、

植野映先生のご提案だそうです。

植野先生は当日、講演もなさります。


ピンクのおみくじがたくさん結ばれた

境内を想像するだけでも ピンクリボン ピンクリボン

すごいですし

大鳥居がピンクにライトアップされるなんて

前例がないそうで

九鬼宮司のご決断の重みはいかばかりか・・・。

そんなイベントの打ち合わせの前日のこと。


パソコンをいじってたら


でてきた写真があります。

 

産児文顔把手付土器


山梨から出土した土器。



お母さんの産道から


子どもが顔だけ出して


今まさに


母体から


この世界に出てこようとしている姿にも見えるし


お母さんの懐に包まれて


ほおづえついて


のほほんとしている


子どもの姿にも見えます。



そして、はっと思い出しました。


7月、熊野原人の会、和田川峡谷野人レースにて舞わせて頂いた後に


熊野本宮にて九鬼宮司に初めてお会いしたのですが、


その時に


「スサノオの神様の拝殿は、屋根の形が男性の形であるべきところが、女性の形だ」


と伺いました。


その理由は、


イザナミ(お母さん)の愛情をもらえなかった


スサノオが


心安らかにこの地で坐しますように


と粋な取り計らいをした


先達がいらしたのでは


とのこと。



その時ふと、私は


長野の諏訪の地方にある


石の祠を思い出しました。


祀られた石の上には


繭の真綿が


飾られているそうです。



リンガムの上に


ふんわり柔らかな


お母さんの愛情の象徴としての


胞衣(えな)をかぶせることで


この世界に豊穣と調和を生み出す場が生まれる



きっと縄文時代の人たちの


生きる智慧から生まれた思想なのだと


思いますが・・・



本宮に、土器に、石の祠


この3つの根底からは

 

共通して

 

「思いやり」の心

 

「母なる」心

 

への憧憬が

 

溢れ、流れ出しているように感じます。

 

 

幼い頃、


朝比奈切通しの


熊野神社で


私が幻想した女性は


所詮、幻想だけど


私が生まれる前から


この日本という地の奥底に


横たわっていた


智慧に触れていたということなのかもしれない。


そんな思いすら


今しています。



その切通しは


夕方4時にもなると

暗~くなります。


暗闇がとっっても怖かった


当時の私でも


その闇は


なんだか懐かしく、


温かく感じたものです。


私にとっての


第2の子宮


だったのかもしれません。




10月3日は


大斎原の大鳥居の下から


私は再び生まれるタイミングを


賜ったのかもしれません。



ピンクリボン運動の願いを結ぶ


人の心と心を結ぶ


人の幸せを結ぶ・・・


そんな役目を背負って


私は


鳥居から


再び生まれ出なくてはいけません。



とても重たい荷物を


背中に感じますが、


あの神社の


幻の女性が


白い着物をふんわり


はためかせて


私を助けてくれるような気がして


なりません。



頑張るです


ピンクリボン チカラコブ うさぎ 力こぶ ピンクリボン





今日は南高梅も頂いたので


毎日食べて


リフレッシュしますです カリカリ梅

△Top

2010年08月26日

夢の女

久しく、

 夢を覚えているということはないのだけど。

今朝、朝ごはんを食べてて

ふっと、思い出しました。

 

母だったような、イトコのお母さんだったような・・・。

以前、イトコのお母さんから

「使わないから」

といただいた

キラキラひかる

ネックレス。

キラキラ ネックレス キラキラ

 

つけると

気持ちいいから

良くつけてるし

体調の悪い時に

つけると

少し体調よくなるような

キモチになります。

 

首につけたネックレスをみて

その女の人は

「貴方もそのネックレス

いつか

自分の身内に

あげなさいね」

といいました。

 

そうなのか、

このネックレスは

私のもの

だけではないのね

と悟って

その夢は終わっちゃったのだけどね。

 

今日もこのネックレスつけて

外に出ようと思います。

 

今日も素敵な一日にしたいです。

キラキラ ネックレス キラキラ

△Top

2010年08月24日

10/3(日)熊野本宮大社 ピンクライトアップ

10/3(日)に

ピンクリボン ピンクリボン運動in和歌山2010紀南 ピンクリボン


に参加させていただきます。


ハート 熊野本宮大社の大斎原の大鳥居がピンクにライトアップされます ハート




『この地域では初のピンクリボンイベントのため、


ピンクリボン運動とは何かからスタートいたします。


イベントを機に、乳がんが他人ごとではなくなってきたこと、


早期発見で90%以上が治ることを知っていただこうと考えています。


また、癒しと蘇りの地とされる熊野で互いに励ましあい、


再生するきっかけを作ります。 』

▼詳しくは特設ページをご覧ください。
http://www.geocities.jp/pinkribbon_wakayama/kinan/


 

ライトアップ当日には熊野リ・ボーン ウォーク、記念講演会と点灯式を行います。

ピンクリボン 10/3(日)午後0時半~熊野リ・ボーン ウォーキング ピンクリボン

ライトアップイベント会場となる熊野本宮を参加者で歩きます。

  • 時間:午後0時半~2時ごろ
  • 集合場所:世界遺産 熊野本宮館前
  • コース:熊野本宮大社 旧社地大斎原から町内各所をまわり、熊野本宮大社 本殿参拝。語り部によるガイド付きです。

※リ・ボーン・・・ピンクリボン運動のシンボル「リボン(ribbon)」と熊野本宮の「再生(reborn)」の二つの意味を込めました。

ピンクリボン 10/3(日)午後3時~ピンクリボン特別講演会 ピンクリボン
  • 時間:午後3時~5時半
  • 場所:世界遺産 熊野本宮館多目的ホール
    (熊野本宮大社の向かい、和歌山県田辺市本宮町本宮100番地の1)
  • 講演者:
      植野映医師(筑波メディカルセンターブレストセンター長・筑波大臨床教授)
      音無美紀子さん(女優、乳がん経験者)
      (司会:松岡正美フリーアナウンサー
  • 入場料:無料

ピンクリボン 10/3(日)午後5時50分~点灯式イベント ピンクリボン

講演会から会場を大斎原 大鳥居前に移動し、点灯式を行います。紀南地域で第一回目、世界遺産登録&ピンクリボン運動in和歌山5周年の記念すべきライトアップは、千葉の女性グループUSAGIのエネルギッシュな和太鼓演奏と熊野本宮大社 九き家隆宮司のお話で始まります。

  • 時間:午後5時50分~7時
  • 場所:熊野本宮大社 大斎原 大鳥居前
  • 出演者:
      熊野本宮大社 九鬼家隆宮司
      女性だけの和太鼓グループUSAGI
  •   舞踏家岡 佐和香
  •   国際的ソプラノ歌手Seiko Lee soprano
  • 入場料:無料

△Top

2010年08月20日

幸せな脱皮

現実の世界では

夢を見てても

私には

不幸せなだけ。

現実の世界では

何度も私を追い詰めて

夢までも

脱皮できなかったら

夢は

夢のままなだけ。


夢を現実にするんじゃなくて

夢をバネにして

夢以上の世界が

露わになったら

幸いなんだと思います。


蛇のように

何度も何度も

私を脱皮する

生命力なくては

夢は

宝の持ち腐れ。

どんどん

どんどん

自分を追い詰めると

「幸せな脳」になる。


昨日の「プロフェッショナル 仕事の流儀」で

海老蔵さんが言ってました。


ぐさりと胸を刺される言葉。

でも心地よく視野も拓けた言葉でした。

今日も脱皮しますです 。

。。( • _ • )』。。


でもその前に、

腹ごしらえです。

( • _ • )』


あ、駅間違えて降りちゃった。。。

△Top

2010年08月18日

ルービック•キューブ

幼いとき、

幾ら回しても、回しても、

色が揃ったためしがなくて

触ることすらしなくなったまま

大人になってしまいました。

今は、ルービック•キューブみたいな問題を

幾つも手にもって回してます。

途方にくれそうになることもあるけど、

そんな時には

ヘルプの手を

人前に差し出すことにしました。

すると解決の道が整ってゆきます。


それは

私が

大人になったから

できるようになったこと。


大人になるということは

子供の頃の輝いていたおもいでを引き出して

遠きおもひでとして

鬱蒼とした沼地に佇むことじゃない。


大人になるということは

智慧を湛えることができること

智慧を活かすことができること

なんだから。

でも、大人になった私でも

自力でルービック•キューブの

色を揃えること

できないんじゃないかと

思うんだけどね。。。

相変らず

無器用な私なのでした。。

△Top

2010年08月17日

もつれた糸をほどくすべ


どうしたらいいのかしら?

もつれた糸を解すには。


糸は

ライターとかで

燃やしてしまって

無かったことにしてしまうことに

できるけど

人の心のもつれを燃やせば

逆に

感情が

炎上してしまいそう。


解すには

時の流れと共に

柔らかな姿勢で

快方へ向かって

今よりもっと先へ進むこと

なんだろうな。

たとえ元には戻せないとしても。

以前、

抜けなくなった指輪を

のこぎりで切ってしまうサービスをする団体が新聞に載りました。

でもその後に、のこぎりで切らずとも、

指に石鹸つけてヌルヌルさせれば

大切な指輪は

簡単に抜けるのだ

という情報が寄せられたと

同じ新聞に載りました。

大切なのは

オープンマインド。

独り、壁を作って

ド近眼になってないで

私の周りに潜む

生きる智慧に

アクセスできる

心の余裕と

鳥の目

なんだろうなって

思います。

希望や智慧は

人と人が触れ合う間から

育まれるものように

私には感じるからね。。

△Top

2010年08月14日

「タン・ビエットの唄」

昨夜はミュージカル「タン・ビエットの唄」を見に行ってきました。




ベトナム戦争中に、米軍に突然虐殺されてしまった村の生き残りの2人の少女たちの物語。


とても力作な素晴らしい舞台でした。


平和な暮らしをしていた村人たちに突然降ってわいたような人災。


村人たちにとっては、たまたま自分たちの村がベトナムの村だったからでしかない。


戦争は、その時も、その後も、深い傷跡を残します。


人災に一生を翻弄されるのもまた人だという悲しさは、本当に愚かなことです。





戦後65年の今の日本は、平和な時代だといわれますが


この65年間に平和を享受できない人が世界でどれくらいいたのかしら?


そして、この平和な65年を享受できた日本では、なんで年間3万以上の自殺者がいるのかしら?


「戦争」「平和」という分けかたでは、人の闇はとらえることができないなって、感じます。



ミュージカルでは村を出た姉妹が必死でジャングルの中を逃げている時にお姉さんがこんな様な言葉を妹に叫びます


「死にたくないなら、立ちなさい」


劇場の中では心に響く言葉でした。


でも今の時代の中で、日本人の心にこの言葉はどう響くのかしら。



人の心の闇は、更に複雑になっているような気がします。



△Top

見えない糸

以前、私の知らない人が、


私のご先祖のルーツを知っていたよと


人から知らされて


驚きました。




沖縄出身とか、東京出身とか・・・


出自が明らかに分かる人は


羨ましいなって思います。



もちろん私も長野で生まれて神奈川で育っだった。


という出自は分かるんだけど



でも長野に落ち着いた前はどこだったのか?


と探りたくなる人たちが


私の肉体に宿っているように感じてます。



この私に血をつなげた人たちの中に、


海を渡って遠くからやってきた人がいるんじゃないかと


シルクロードを思ったり、海を眺めるたびに


幼な心が渦を捲きだしていたけど


今もそれは変わりません。



どこから来たんだろう?


どうやってココまでたどりついたんだろう?



それが、私が


独楽のように


ぐるぐると


舞い続けていることに


繋がっているように


感じてます。



そして、


その独楽の先端は


西へ西へ、


向かっているような心地で


日々生きているように感じてます。



一舞、一舞するごとに


見えない糸の一歩先が


見えるかもしれない


そんな闇の綱渡りのような


淡い期待が


恋心のように


いつも体にまとわりついています。



今年はこの数年密やかに願っていた


西の地で舞わせて頂くことになりました。


熊野本宮大社。


ピンクリボンキャンペーンの中で


奉納させていただきますので


人のためになるよう


大地や天にも喜んでいただけるよう


舞をさせていただきながらも


さらに先へ向かって


身も心も馳せてゆきたいです。



アップ & うさぎ & アップ


 


でも乳癌検診も2年以上入っていないから


そろそろ行かないとです。


2年前に検査でD判定がでてしまい、再検査では問題なかったけど


年に一度の定期検査をと言われているのですが・・・


こちらも前に向かってゆかないとね。


女の体は色々と面倒だなって、時に思います・・・。

△Top

2010年08月07日

命の見えない力

命の意思って、

純粋に

われ頭脳で考える結果のもの

じゃないんだろうな。

たとえば、

カメレオンが外界の状況に合わせて色を変えられる。

恐竜が環境の変化に合わせてデカクなったり、

大量に種が発生したりしながら、

やがては鳥に落ち着いたりした。

そんな生物の形の変化は

「われ考える」

の賜物じゃないんだろうなって思います。 カメレオン ブタ きつね 虎 犬 くま たか(初夢)



でもね、

結構人間だって、今を生きている人間だって、同じじゃないかしら。

例えば、夏といえばお化けシーズンですが

お化け おばけ お化け shokopon

同じ場所にいても

見る人と見ない人、いるけど

見る人っていうのは、その状況(真っ暗とか、陰湿とかお墓とか廃墟とか)にいると

きっと「われ考える」以前に

体がその状況から何かを見てしまったりという内的変化が起きているんじゃないかしら。 叫び

「お化けなんて見えない」 得意げ

という人が優れてるとか

「お化け見えた」 ショック!

という人が優れてるとか

そんなちっぽけなことを言ってるんじゃなくって・・・。

 

例えば美しい音楽が演奏されている時だって

そこに何かを「感じる」人と ニコニコ 美

全然何も「感じない」人って シラー 無

やっぱりいる。

ジャンルによって、人の好みによって

「感じる」というのは人様々に発するのだろと思います。

だから、これも

どっちが優れているっていうことが問題じゃない。



その力は、必ず一人一人に、多様な形でもたらされている。

だって、命の見えない力が、そうさせてるんだもの。

でもね、その力、明らかに溢れている人と、溢れていない人がいる。

それが「生命力」なのだと思います。


「生命力」ない人に、どう働きかけるのか?

おせっかいかもしれませんが、私個人は、創作の際にそんなこと、真剣に考えてしまいます。

 

「私の命には何故終りがあるの?

私は、何故この世の不幸せや苦しみと調和できないの?」

 

これは、私のソロ初作品『月の下、泥花の咲く頃』に寄せて、書いた文章の一部です。

その舞台はひとまず終わりましたが、この命題はたぶん、一生私を突き動かすのだと、感じています。


それが私の「命の力」だから。。。 ドキドキ

△Top

2010年08月01日

人の真心、スサノオの真心

熊野原人の会とのご縁から、

より、熊野のことに感心が深まると同時に、

世の中の出来事に意識を持つようになりました。


今とても感じ入る存在が、「スサノオ」です。


熊野本宮に坐しますのが家都美御子大神(けつみみこのおおかみ)、

スサノヲだといわれています。

もともとは、本宮は、今の位置ではなく、

熊野川・音無川・岩田川の3つの川の合流地点の中洲にあったそうです。


今は「大斎原(おおゆのはら)」といわれている地ですが、

原生林つつまれた地だったようで、

有る意味縄文的な土地だったんじゃないかしら・・・。


神倉神社では「ゴトビキ岩」、

那智大社では「那智の瀧」をお祀りしているけれども、

本宮でもこの中州の森それ自体が、ご神体だったようです。


ここに坐します神様がスサノオの神様だとなったのは、

江戸時代からのようですが、

いわれはともかく、

スサノオという「象徴」にふさわしい場所なのだろうなと感じます。


スサノオは凄まじく荒ぶる神様。

でも、犯罪を犯してしまう人と同じく、

荒ぶる行為の心奥底には、

様々な因果があるのだと感じます。



早くして、お母さん(イザナミ)から切り離され、

母性愛を乞うたら拒絶までされてしまった息子。

母の愛情を知らない息子であるが故の暴挙は

確かにあったのだろうなと、

人の心を重ねてみても感じます。



そして、姉アマテラスは農耕の神。

一説には、アマテラスに対する暴挙は、

農耕の民が山々を切り崩して田地にすることに対して、

木の神スサノヲは怒り狂った故ではないかとのこと。

そんな、あるいみ純真で人間的な弱さや感情の持ち主のスサノオは、

私にはとても親近感を覚えます。


明治になって、

本宮は大洪水で流されました。


その原因は、

なんのことはない、

明治に入ってからの森林伐採のツケだそうです。

「明治22年まで社殿が水害で流されるなどということは

おそらくなかったことと思います。

社殿が流されるほど大水害を引き起こした原因は、

熊野川上流の十津川での明治に入ってからの急激な森林伐採でしょう。
 
紀伊半島南部を襲った大雨が

十津川の森林伐採後の山々で山津波を引き起こし、

その土砂が川をせき止め、

天然のダムを作り、そのダムが水を貯えた後に絶えかねて決壊。

下流域を押し流し、十津川の村々に壊滅的な打撃を与えながら、

濁流となった熊野川は本宮大斎原の社殿をも呑み込みました。

社殿のほとんどが流出し、森林破壊に対するつけを

払わされた形となりました。」

(熊野信仰の中心地 http://www.mikumano.net/meguri/hongu.html


この事実に、深く考えさせられるものがあります。


スサノオだったら、とっても怒り狂ったことでしょう・・・。


自然は、スサノオや、人のように怒りの感情を露にしませんが、

ストレートに「災害と」いう形で

人に直撃してきます。

災害にみまわれて、

命を落としたり、心を痛めるまえに、

人は、常日頃から

自然を思いはかれるだけの、心の豊かさが必要です。


人の愚行は

人の善意が

食い止め止めるしか

手立てはありません。



だからなのではないでしょうか。

日本人は「スサノオ」という、

荒ぶる神の存在を大切に崇めるに至ったのは・・・。



先日お参りにいった大斎原は、

別段神々しくもなく、

とても親近感ある優しい林でした。



人が大切にしさえすれば

自然は、人に幸せと豊穣をもたらすものなのだよと

どこからともなく

声が響いてきたような気がしました。


ちなみに・・・、私が大学時代に一番関心があったのが、

「祭り」と「少年犯罪、企業犯罪」でした。

折りしも、大和銀行の事件に、酒鬼薔薇聖斗の事件、サリン事件など

大きな事件が勃発しました。

社会の闇が揺れ動く中、

私はどのようにこの2つの感心をつなぎ合わせれば良いのか、

小さな頭で途方にくれましたが

今は、舞を仲立ちに、

人の心の闇を和らげてゆけるような活動を

私なりに進めていくことができたらと

小さな胸を膨らませています。

希望は、自分で作るものなのだなと、感じてます。

△Top

羅山の言霊

先日、日枝神社にお参りに行ったのですが、その際に、ふと気になって読まずにいた紙を今日みたら・・・

「生命の言葉七月

 先祖の魂は子孫に伝わる  -林 羅山ー  裏面もご覧ください。」


と書いてあったので裏っかえしてみたら・・・

「先祖の思いは必ず子孫に伝わるということ。

私たちも正しい行いを心がけ、次の世代に

つなげていきたいものである」 出展『神道伝授』 

って書いてありました。


林 羅山・・・


どっかで見たことがある。

教科書だったような・・・

と頭をめぐらしてふと思い出しました。

「林羅山に命じて縁起絵巻「若一王子縁起」三巻を作らせて当社(王子神社)に寄進しました」

これだけじゃ分からないか。


北区に飛鳥山という山があります。

ココは紀州徳川が出自の吉宗がこよなく愛した場所で、桜を植樹して桜の名所にしてしまったのだそう。

そして飛鳥山の隣には「王子神社 」

周辺を流れる石神井川も「音無川」と呼び名を変えさせたようです。

飛鳥山も、新宮市の阿須賀明神に由来するんだそうです。

飛鳥山に関する資料を読んでいたら、この仏像があったんだけど、阿須賀神社資料館で写メしたのと同じでした・・・・。


写真が、阿須賀神社の蓬莱山から出土した、大威明徳王像だそうですが。。


もともと現豊島区のエリアは、中世から豪族豊島氏が「紀伊国 から 熊野権現 を勧請し、王子神社をはじめとして郡内に多くの 熊野神社 を設けた」り 「熊野神社」に荘園として領地を寄進していたと言われてますが・・・


江戸に入ってさらに、東京都北区に「小熊野」を創ってしまった。
ということなのね。。

そして、この「小熊野」、たしか「林羅山」が「観光名所」としてお墨付きを与えたことで

江戸の庶民がたくさん詰め掛けた(江戸の庶民には「ディズニーランド」ができたど!てかんじだったのかしら・・・。)

と読んだ記憶があります。


「林羅山」から、そんなことをばーっつと思い出しました。


吉宗の出自の地への思いや、憧憬ってなんかとても気になります。

人の影響力って、とてつもなく凄いと思います。

その空間を豊かなものにも、空疎なものにも変えられてしまえるんだから。


それは例えば将軍じゃなくたって同じ。

その場に

反抗的に無言でたたずんでいる人、

悪意をもって無言でたたずむ人の影響力って

実は周囲を不快にさせるほどの強力な影響力があるんだし。



それは舞台も同じです。

私だったら、舞台は「豊かなもの」がいい。

そしてせっかくだからそこに

「この先にもたくさんの幸がもたらされる場」

を作りたいなって思います。



吉宗がどんな思いで「小熊野」を作ったのか

思いめぐらしてみると・・・

先日熊野を巡った私には

吉宗の思いが

伝わってくるような気がしてなりません。


そして羅山のこの思いも。

「先祖の思いは必ず子孫に伝わるということ。

私たちも正しい行いを心がけ、次の世代に

つなげていきたいものである」


たどえば、DV(ドメスティックバイオレンス)だって、

3代に陰を落とすと聞いたことがあります。


自分の行いと思いは、良くも悪くも子や孫にまで影響力を与える。

人は、今も昔も、個人の勝手気ままに生きてたら、

下手したら消滅する存在なのでしょうね。。。。

△Top

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